その2

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その2

 ぶっつけ本番なんて、先生も意地悪だ。 富田くんが言ってたみたいに昨日の中間提出を免れたのはよかったけど、その代償がぶっつけっていうのも何か違う気がするけどな... まあ文句言ってても始まらないかと、真由は持ち前のマイペースさで昼食を食べている。  昼食はいつも、窓際の席まで行ってカーテンを間仕切りみたいに使って食べる。何となく昼ご飯は一人で食べたくて、入学して間もない頃から基本的には誰かとまとまっておしゃべりしながら食べたりすることはない。前に一度、カーテンで机をすっぽり覆ったらおもしろそうだという思い付きで実行して以来、その個室感が気に入って未だに続けている。友達いないの?なんて聞かれることもままあるけど、食事くらい好きに食べていいんじゃないかなと思う。というか、友達の有無と食事のとり方ってそこまで相関性ないと思うのだけど、世間的にはおかしく見えるのかもしれない。  昨日香奈ちゃんとかとも話してたけど、多分何をするにつけ、私たちには見えない「目」がべったりとついてくるんだなと思う。そういえば先生がこの間の謝罪の授業で言っていた。謝罪する側とそれを受ける側。授業で扱われる事例が謝罪会見であることが多いから、受ける側として出てくるのは記者さんのことが多いけど、ポイントになるのはする側と受ける側が同じゴールを見れているかどうかってことなんだ。常に誰かの目があることを意識していないと、すぐにどっちかが爆発しちゃう。人数が多い分、大抵は受ける側の爆発が目立って、それをネットでは炎上っていう言葉で分かりやすくラベリングしているだけ。謝罪する側の爆発はあまりフィーチャーされないけど、それは単に目立っていないから。みんなが知らないところでひっそりと、爆発している。  謝罪する側の言葉がどれも紋切型だって怒る人がいるけど、そうさせているのは受ける側の反応もある程度パターン化しちゃってるからで、だからある意味しょうがないんだっていうのを聞いた時、ああ、同じだって気付いた。私がお昼ご飯食べるたびに未だにへばりついてくる「目」も、謝罪の構造と同じだって。私の行動は、みんなが思い描くパターンから外れているんだ。カーテンの中、結構居心地いいのにな。特に今みたいな寒くなり始めの時期なんてすごくいい。お昼の日差しを私のポジションにため込んでおける。ぬくぬくしながら、昨日の夜に香奈ちゃんからきたLINEを読み返す。  USB無いって、結構ピンチじゃない?私は昨日そう返した。香奈ちゃんのUSBがどんなものか実はそんなに知らなかったので、探してあげたいけどそこに関してはそんなに力になれそうになかった。 内容が内容だから、データごと落としたなんて先生には中々言いにくい。実際、無くさないように忠告してたし。香奈ちゃんはそこまで焦っていない様子で、今日も普段と変わりなく見えた。「作り直すの面倒くさいわー」とぼやいてはいたけど。  今日最後の授業は体育だった。体育館からの帰り道、香奈ちゃんにこっそりUSBについて聞いてみた。 「見つかった?」 「ぜーんぜん。私も探すの若干諦めてるとこあるし」 「でも発表までに見つからないと困るよね?」 「それなんだよね、全部そらでいえるかな...」 「そっちのが本当の謝罪っぽくていいけどね」 すると急に香奈ちゃんがくすっと笑って、言った。 「本当の謝罪って、なによ」 結局その日もUSBは見つからず、香奈ちゃんは完全にフリートークならぬフリー謝罪に方向転換したみたいだった。 「もうとりま発表乗り切れれば平気っしょ」なんて言葉をスコーンと言い放てちゃう香奈ちゃんが、私はとても好きだ。  帰り支度をしていると、富田くんが珍しく向こうから話しかけてきた。席が隣の香奈ちゃんならまだわかるけど、わざわざ私のところにくるなんてめったにない。そもそも富田くんは、わざわざ自分から誰かに近寄ったりはしないタイプだ。  「これ」と一言言って、富田くんは何枚かの紙を私の机に置いた。A4サイズ。ぱっと見た時は、なんのことかよくわからなかった。一番最初のページに香奈ちゃんの名前が書かれていることが、私の思考をさらに困惑させた。 富田くんはそんなのおかまいなしに、続けた。 「さっき職員室に用事あってさ、そしたら入り口のコピー機あるじゃん。その上に置いてあった」 そこまで来て、ようやく富田くんが何を言いたいのか理解し始めた。分かりきったことと知りながら、思わず聞く。 「この、紙が?あったの?」 「うん、ふつーに置いてあったから」 「持ってきちゃったの?」 「来ちゃったっていうか、やばいでしょ置いてあるのも」 「・・・香奈ちゃんには?」 「そのために持ってきたけどさ、あいつもう帰ったって。せっかくあったのに」 「私、渡そうか?」 「んー、いいよ。今日一旦俺が持って帰って、明日渡すわ」 何か言った方がいい気がして、でも結局何も言わなかった。言えなかったのか、言わなかったのか、よくわからない。 「あ、そっか。じゃあ、お願い」 帰ろう。とっとと帰ろう。
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