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第三十四話
夏姐さんはにこやかに仙台さんへ微笑みの表情。今は次郎さんがいるから余裕の笑みであろう。
「応接室空いてるからそこで話してきたら?」
わたしは涙がこみ上げてきそうだったけど仙台さんを見たら少し引っ込んだかな。イケメン効果?
久しぶりの仙台さん。今日はグレーのコートにその下はスーツ。
「今日、学校は……」
「午前中だけでしたので帰りについでできたんですよ。それよりも梛さん、目が赤いですし顔色も良くない」
……仙台さんでも分かってしまうのか。応接室に通した。卒業制作のことも相談を受けていたが、もう来月から有給消化するから輝子さん(しか空いてなかった)に引き継がなきゃと思ってたところなのよね。
わたしは応接室に入るなり、ティッシュで鼻をかんだ。恥ずかしいけど出てくるものは出る。
「調子悪いですか? すいません、アポ無しで」
「……だ、大丈夫です。その、はい」
言葉が詰まってしまう。ダメだ、仙台さんの前で泣くなんて。関係ないことなのに。
「……彼のことかな?」
彼のこと……。
「実は常田くんからは電話をもらっててね、わざわざ辞めるからと」
そうだったんだ……たしか仙台さんの学校でも講演会する予定だったけど急遽中止にする事は言わないとな、と言ってたからね。
その辺はしっかりやっててくれたようね、常田くん。だめだ常田くんを思い出すと……。
「目の治療で大阪に戻るためにここを辞めると聞いた」
「手術は成功したんですけど、いろいろあって……心配で」
「愛する人のそばにいることができないのは寂しいですよね」
すると仙台さんがわたしを抱きしめた。いきなりことに声が出ない。ああ、いい匂い……。久しぶりに人に抱かれる。体温に心音……。
「ダメですっ」
だけどわたしは突き放して距離を置いた。仙台さんは苦笑いした。
「やっぱダメですよねぇ。相手のいる方に手を出すのは。夏目さんにも怒られちゃいましたよ。『梛に手を出すな』って」
そういえば仙台さんはわたしに近づきたくて夏姐さんとご飯食べに行ってたんだっけ? その行為がわたしは嫌だったけど、実際に会うとそんなイメージもなかったのに今抱きつかれたことで少し嫌になりそう。
でも心揺らいだわたしもいるわけで。仙台さんはわたしの正体は知らないわけで。仙台さんのお姉さまが教えてなかったらいいけど。
「……常田さんとどうかお幸せに」
結婚するんだと思っているんだよね。わたしたちは結婚できないの。男同士だから。
仙台さんは寂しそうな顔をしていた。一時期病んでいた頃のような……。
もっとはやく、常田くんよりも先に好きだったら……付き合ってたのかな? わたしのこと受け入れてくれてたのかしら。この身体でも。
仙台さん、ごめんなさい……って何謝ってんだか。
「ああ、カッコ悪いや。きっと夏目さんをからかったからバチが当たったんだ……もっとはやく梛さんに好きだと告白していればあなたは僕と付き合ってて寂しい思いをしなかった」
「……」
「奪いたい気持ちもある。でもそんなことしたら好きな梛さんをさらに苦しませてしまう」
仙台さん……。もうここはわたし、正体を明かした方がいいかもしれない。
わたしは彼の手を握ってわたしの胸に当てた。仙台さんはびっくりしてわたしを見る。
「わかります? わたし、男なんです。気持ちは女、女として生きたいけど身体は男として生まれてきました。それでもまだ……」
!!!
仙台さんはわたしを抱き寄せ、キスをしてきた。舌まで入れて……。
わたしは突き放そうとしても彼の方が力が強かった、というかわたしも舌を絡ませて……。だめ、だめっ! これ以上深入りしたら抜け出せないっ。
そして優しく唇を吸われ、離れた。常田くん以上にキスが上手い。慣れてるな、この人。
「ごめんなさい、気持ちがつい……それに梛さん、あなたが男だろうか女だろうが僕は好きだという気持ちは変わらない。今は離れるけどいつかは君と結ばれたい……」
本気で言ってるの?
「本当に天使のような存在……美しい……」
やばい、わたしのしたことが裏目に出てしまったのかな。仙台さんってそんなにわたしのことを好きだったの?!
「実は夏目さんからあなたの連絡先は教えてもらっていますので……また連絡します。大丈夫です、もうこれ以上のことはしません、夏目さんに手を出すなって……だからキスしたことバレたら締められます」
と言って仙台さんはマスクをつけて応接室から出て行った。さっきまで常田くんのことでひきずっていたわたしは脚がガクガク震えてペタンと床に座ってしまった。
なんなの、このドキドキは……。てか、少し前に繊細さんって勝手にあだ名つけてたけど全く繊細じゃない!
「最低!」
てようやく声に出せた。今度夏姐さんに愚痴ろう。
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