序章 善意通訳

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前日の雨でぬかるんだ道に、まだ新しいタイヤの跡がくっきりと残っている。その後を追う形で、車を走らせていた。 一匹狼か、と太った男が繰り返す。 「確かに、楽しげに話してるところも見た覚えがねえ。家族(ファミリー)だってのに……」 三人と、くだんの人物の間に、血のつながりはない。しかし『血の掟』なる規律を有する組織に所属している。同じ屋根の下に暮らし、互いの利益のために繋がり、守るべき仲間という意味で、彼らは〈ファミリー〉だった。 「あいつが歌って踊ってるところを想像できるか? 夕食が終わってもすぐ部屋へ引っ込むだろう」 「パーティーでも、壁際にぼさっと突っ立ってるだけだ。初めはブティックのマネキンかと思った」 その人物は、こちらから話しかければ応答はする。しかし、場を盛り上げよう、会話を続けよう、人生を楽しもうという意思が感じられないのだ。仲間を「友人」と表現する事があるが、一つ屋根の下に住んでいなければ友人になりたいとも思えない性質だ。 そう言えば、と後部座席の男が相槌を打つ。 「さっきも、出ていく姿を見たから声をかけたけど、返事もしなかったぜ!」 「仕事の前は一言も話さなくなるのさ」 助手席の男が言い、鼻で笑った。 「真面目すぎるんだよ。北部の人間みたいにな」 運転席の男も馬鹿にしたように言う。 「酒も一滴も飲めないんだと。シチリア島生まれ(シシリアン)が聞いて呆れる」 イタリアの南端・カラブリア州に拠点を置く男たちは、橋を渡った先にある島の気質もよく知っていた。ガイドブックには『マンジャーレ、カンターレ、アマーレ!』の文句が踊る。美味い物を食べ、楽しく踊って、熱い愛を交わすと言う人生観だ。そんなラテン系のルーツを持つ自分たちこそ、世界が持つイメージの典型であると自負している。
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