序章 善意通訳

5/22
前へ
/450ページ
次へ
そんな中で、取り立てて目につく男が居る。ソルジャーでありながら自身より下は持たず、一人で仕事をこなすいわゆる〈一匹狼〉として、我らがドン・カルロの耳に届いているのだ。 今まさに、この車内で話題に上がっている人物でもある。 与えられる仕事、命令とあらば殺人も厭わないこと自体は、この裏社会──暴力の世界では珍しくない。しかし、組織に入るための試練、儀式を終え、ドンやファミリーに忠誠を誓った男たちの中でも、さながら〈忠犬〉のようだという。 誰かと共闘する事はなく、ただ黙って、恐れを知らないかのように確実に「仕事」をこなし、戻ってくる。 〈忠犬アルフィド〉は、それを繰り返すうちに生み出された、寡黙で冷酷な殺し屋(ヒットマン)のニックネームだった。 需要と供給で成り立つ世界において、他の構成員と進んで打ち解けようとしない態度は、孤高の存在を気取っているように見受けられる。 おおよそ話し好きで積極的なはずの国民性の中で、冗談のひとつも言わず、酒も飲まず、仕事の前になると声をかけても返事すらしない。妻子を持たない身で、他に行く場所も家もない。ゆえに拠点という一つ屋根の下で寝食を共にする仲であるにもかかわらず、群れようとしない一匹狼。 その一方で、有能なヒットマンとして、属する組織の上層部から存在を認められ、受けた依頼をこなしては多額の報酬を手に入れる忠犬。 いけ好かないのも当然だ。
/450ページ

最初のコメントを投稿しよう!

164人が本棚に入れています
本棚に追加