序章 善意通訳

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しばらく歩き続けると、丸太作りの小ぢんまりとした家が見えてくる。拓けた場所に建つのはまるでおとぎ話の絵本に出てくるような、木こりでも住んでいそうなログキャビンだ。 機械で均一に切り出した建材を使うマシンカット工法が主流の近年、ハンドヒューンと呼ばれる手づくりの丸太で小屋を建ててしまうなど、ターゲットはよほど体力のある男なのだろうか。 力自慢という割には、セキュリティーという言葉など存在しないかのような佇まいだ。元警察官とは信じがたいほど呑気なものである。 春の夜の月明かりに照らされるばかりで、センサーライトはおろか、扉の前に立ってみても外の様子を確認するための窓やスコープもない。 呼び鈴もなかった。年季の入った鉄製のドアノッカーが取り付けられているだけだ。ライオンを模した形で、口に輪をくわえている。アンティークのコレクションでよく目にするような、ありふれた代物だ。 月明かりを受けてぼんやりと光る白い手がその輪を掴み、木製の扉をノックする。 しばらくすると、扉越しに眠そうな声が応じた。 『誰だ? こんな時間に……』 「…………」 弾を込めたピストルは後ろ手に握られている。沈黙したまま、相手が出てくるのを待った。
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