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「ならばどうして、無関係の女性たちを殺し続けたんですか?」
「え……?」
「夜の10時半から11時半。この山下公園で、毎週水曜日、進学塾に通う女性が殺され続けた。それが「山下公園の首切り魔」事件。犯人はあなただ」
「ど、どうして? どうして僕がそんなことを……」
「それは、私が知りたい」
男は懐に手を入れると、幾枚かの写真を放り投げた。
そこには、生首を抱いて嬉しそうに笑う哲也が映っていた。
「哲也君のお父様は、幸か不幸か息子の凶行に気づいてしまった。公園でねむる君に近づいて、後ろから首を切り裂いた。結果、君は公園をさまよう幽霊になってしまった、というわけですね」
「……そんな……。嘘だ! 全部お前の作り話だ! 僕はこのベンチで休憩してただけだし、鞄のなかだって全部教科書で……!」
だが、哲也が開けた鞄のなかに入っていたのは、父親が病院で使っていたメスやカッターナイフ、ウェットティッシュと脱臭剤、そして、制服の着替えだった。
「え……」
「用意周到ですよねえ。家にも学校にも知られないように、死体も丁寧に解体。地形を考慮して隠ぺい工作も考え抜かれたものでしたから。おかげで、犯人は近隣の医学部生、あるいは医者やその関係者と絞れたわけですが」
「僕が……僕がやった? 本当に?」
男は、無言で哲也を見つめる。
その冷たい目を見た瞬間、哲也の瞼の裏に赤い鮮血がとちびり始めた。
――お前らがいるから、僕は一番になれない。
――次こそは、父さんに褒めてもらわなきゃ。
――悲鳴をあげないように、土を口に詰めてしまおう。
――体の解体はもう得意だ。きっと医者になっても役立つぞ。
――ああ、早く。早く次の子を殺さなきゃ。僕が一番になるために。
「……うわああああああああああああ!」
哲也は生首のまま叫び、自分の手のなかから転がり落ちた。
公園の石畳が頬にあたり、凍るように冷たい。
――僕だ。僕がやったんだ!
それを自覚するたびに、殺した少女たちの恐怖と怒りに燃えた目が思い出された。
「だって。だって仕方なかったんだ。僕は父さんに認められなきゃいけない。そうじゃなきゃ生きてる資格なんてない。あの子たちだってわかってくれるよ!」
「では、直接聞いてみてはいかがです?」
男がそういった瞬間、哲也の目に絶望が浮かんだ。
男のそばに漂う七体の白い光。首を抱えた制服姿の少女たちが、バラバラに解体された体を細い糸のようなものでつなぎあわされて、一様に哲也のもとへ歩いていく。マリオネット人形のように不規則で不気味な動きだが、哲也のことは逃がさないという強い執念だけはうかがえた。
「や、やめろ。近づくな。僕に、触るなああああああ!」
――生きたかった。
――母さんを楽にしてやりたかった。
――弟たちの病気を治してやりたかった。
――どうしてお前なんかに殺されなきゃいけないの。
――お前より勉強した。たったそれだけだったのに……。
――お前なんて……お前なんて……。
―――――――――死んでしまえ!!!!!!!!!!!!!
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そうして、哲也の生首も、首のない体も、七人の少女たちに覆われて見えなくなった。一陣の強い風が吹いて、男は目をつむる。次に瞼を開けたとき、もうそこには、白い石畳しかなかった。
ニャァオという声とともに、草むらから一匹の黒猫が歩きだしてくる。
「終わったの? 八神」
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