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ななせがいる。私の前に。すぐそこに。
完璧に整った身体バランス。長い手足。柔らかい髪。一瞬で人を魅了する澄んだ瞳。通った鼻筋。至福の声を紡ぐ魅惑の唇。
ななせから目が離せなかった。
髪の毛の先から足の小指の爪の先まで、自分の全てでななせを意識する。
身体中全ての神経がななせだけに向けられて、ななせが動いた空気の振動にさえ反応する。
ななせを見たら。ななせを前にしたら。
何もかもが消えてなくなった。
もう。一瞬で。ななせしか見えない。
ななせが好きで。好きで好きで。
他には何もなかった。
ななせのこと、もう一度弟として、家族として付き合っていけるなんて、どうしてそんなこと思ったんだろう。出来るはずがなかった。
私はななせが好きで。その気持ちだけで生きている。他には何もない。何もなかった。
時間も空間もなくなってななせだけが全ての世界で生きていけたらいいのに。
どうしようもなく胸が痛い。
ななせは、最後にここで抱きしめてくれた時と同じで、全部。変わらずに完璧だったけど、どこか、ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。誰も寄せ付けない透明なシールドを被っているような。少しだけ、痩せたような。
「あ、お姉さん。ただいまです~~~」
でもそれは、願望だったかもしれない。
空気が揺れて現実に引き戻された。
私がいなくてななせも少しくらい寂しく思ってくれてたらいいなという、自分勝手過ぎる願望。
当たり前のようにななせに寄り添って立つオリビアちゃんの姿に、心臓を射られたような鋭い痛みが走る。『昼も夜もオリビアちゃんを片時も離さない』というセレナの声が蘇って、胃の底が沈む。
玄関を上がり込んだオリビアちゃんが明るい笑顔で私の前に立ち、
「…痕、全然分からないね。良かった‼」
しげしげと観察するように私の顔を見てから、にっこり無邪気な笑みを見せた。
「リヴィたちのせいでお姉さんが被害に遭ったから、どう償ったらいいかって悩んでるけど、ナナと一緒に出来ることは何でもするからね」
「あ、…うん」
ありがとうと言うべきなんだろうと分かっている。
オリビアちゃんは事件に責任を感じてくれて、私を心配してくれている。
ただ。明確に線を引かれたのが分かる。
これからななせと一緒に生きていくのはオリビアちゃんだって。苦楽を分け合ってずっと一緒にいるんだって。
「じゃあ、お姉さん。お大事にしてくださいね」
オリビアちゃんは話は終わったとばかりにななせを振り返り、
「ナナ、早く部屋行こっ」
玄関で立ち止まったままのななせの手を引っ張った。
ななせは何も言わずに手を引かれるまま玄関を上がり、何の感情も見せないまま私に近づいて、
…通り過ぎた。
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