スキー[過去編]

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スキー[過去編]

これは夫婦になって間もない頃の話。 彼からは数え切れないくらいの幸せを貰っている。 私も彼を幸せにすると誓った。 それなのに、彼はベッドの上で苦しそうに震えて動けなくなっている。 「怪我はない?ごめんね、巻き込んじゃって…。」 『私は大丈夫。…私が止めれば良かった。』 「君のせいじゃない。馬鹿なのは僕だよ。」 掠れた声をしている彼を見ているのは辛い。 しかし、こうなったのには理由があった。 4時間前ー 『…………。』 私の足は宙に浮いて揺れていた…。 私達夫婦は雪で白い世界が広がっているスキー場に来ていた。 山の中腹から滑走しようと一緒にリフトに乗り景色を楽しんでいたが、その後が大変だった。 リフトから降りられなかった。 そのまま降り場を少し過ぎた後に、夫が従業員に呼びかけリフトを止めてくれた。 「スキー板を外してストックも地面に落としてください!」 ベテランそうな従業員2人組の指示通り道具を地面に落としていく。 道具が回収された後、体格の良い従業員によって"抱っこ"される状態で地面に下ろされた。 私は身長180cmと図体が大きいので受け止めるのも大変な筈なのに嫌な顔1つしなかったので驚いた。 その後、従業員達に礼を言いスキーに戻った。 「リフトで一周する事にならなくて良かったね。」 『そうだね。他の乗客と従業員さんに申し訳なかったな。』 「大丈夫だよ。さっきからリフト見てるけど、時々止まってるから君と似たような人がいるのかも。」 『そうだといいな。しかし、久しぶりに抱っこされると子供に戻ったみたいで楽しいな。』 笑いながら話したが、彼の目が一瞬鋭くなったのは見抜けなかった。 ある程度、スキーを楽しんだ後は宿泊するホテルに戻って食事を楽しんだ。 食事を済ませた後は、部屋に戻って晩酌をして寛いでいた。 お互い良い具合に酒が入ってきた頃、夫が真剣な顔でこちらを見つめてきた。 『…どうしたの?』 「1つだけお願いしたい事がある。」 『叶えられそうなものなら何でも。』 いつもは柔らかい表情をしている夫が突き詰めたような様子だったので気になった。 内容はなんだろうか…。 私を見つめた彼が口を開いた。 「お姫様抱っこさせてください。」 『…………ん?』 「今日のリフトみたいな事があった時、君を軽々と抱き留められるようになりたいと思って。」 『…あれは従業員さんが慣れてたからできたんだよ。』 「今なら君を抱っこできる気がする。」 これは酔いが激しく回っているな。 ふと見てみると、彼の側には酒瓶が2つ転がっており短時間でアルコール多く摂取したようだ。 彼が言い出したことは絶対やり通す性格だと分かっていたので折れるしかなかった。 渋々、側に寄って彼へ身を委ねた。 「絶対大丈夫。」 不安がる私に声を掛けて安心させようとした。 細いが男性らしく硬い腕が背と膝裏に回されて、私も彼の首に手を回した。 …彼の腕が折れないか不安になる。 しかし、心配を他所に体は勢いよく上昇し床から離れていった。 一瞬で"お姫様抱っこ"の体制になったので驚いた。 『おぉ……すごい。』 「………。」 『あれ?次郎さん?』 夫の力に感心していたのも束の間、彼が必死な表情で震えていたので焦った。 彼の格好良い姿が見れたのは良かったが、一気に不安になったので降りたい。 『次郎さん、絶対ヤバイです。』 「うん、ヤバイから…ベッド…下ろすね。」 ベッドで無事に降ろそうとしているようだが、彼の震える腕を見ていると時間の問題な気がする。 ふらついた足取りになりながらベッドへ近づいた時だった。 視界が勢いよく揺れ動き、彼が転んだ事を悟った。 私は瞬時に受け身の姿勢を取って衝撃を受けずに済んだが、彼は地面に伏したまま動かなくなった。 『次郎さん!大丈夫!?』 「ギ…こ………。」 『えっ?』 「ギックリ…腰…になった。」 …なんてことだ。 ギックリ腰になると息をするのも辛く、笑った振動でも激痛が伴う。 とにかく、少しずつ時間を掛けて彼をベッドに運び込み楽な体制をとらせた。 「怪我はない?ごめんね…巻き込んじゃって…。」 『私は大丈夫。…私が止めれば良かった。』 「君のせいじゃない。馬鹿なのは僕だよ。」 最初の頼もしい姿と痛みで悶えてる姿にギャップの差がありすぎて吹き出しそうになる。 しかし、彼に対して胸が高鳴った事実もある。 『かっこよかったですよ。』 「…恐縮です。」
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