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ほほほと、彼女は小さく笑った。
「不思議な娘だこと。すべてを受け入れ諦観しているのように見えて、その実、何一つ譲る気はない。ふうむ、そなたへの礼は何がよいのでしょうか。」
「べつに…私が嫌だなと思ったから、そう言っただけです。」
「だがのう、それでは私の気がすまぬし、そもそも、この子の願いゆえ、受けては頂けぬでしょうか?」
「でも、お礼なんて何も浮かばないのに…」
ああ、でも―と、ふと、浮かんだ。
家出中のお父さんを真っ当にしてほしいーいや、真っ当にしてもらっても、無職と使い込みと浮気したと言う事実は変わらない。
じゃあ、私のあだ名の『びんちゃん』を止めさせるとかーまあ、それでも、母親一人の収入で生活しているのだから、我が家の財政状況は変わるわけでもない。
ならば、高額宝くじの当選でも願ってみるとかー一見妥当なような気もするが、そうなったらなったで人の良い母は何かと騙されて、あっという間に全額だまし取られそうな気がする。
ありがたい壺だの霊験あらたかな水晶だの幸福の掛け軸だの奇跡を起こす石だの、色々と売りつけられ、挙句の果てには、十中八九詐欺であろう、恵まれない子どもたちやら介護施設やら保護動物やらへの寄付と、色々な有象無象が押し寄せてくると思う。
しかも、それをいちいち追い返すのは自分なのだと思うと、さらに面倒くさい。
「何でも良いのですよ。例えば、そなたら母娘を捨てた父親に天罰を与えるとか、そなたを蔑む者たちを罰するとか、生涯こまらぬ金運とか、色々とありましょう?」
「父に関しては関わらないと決めているからどうでもいいです。気のいい友人たちもいるし、生涯こまらない金運はまあ、そこそこ生活できればいいかなと思っていますので、必要ないかと…」
「人が良いと言うか、欲がないと言うか…」
彼女は呟いた。
でも、別に私は『人が良い』とも思わないし『欲がない』とも思わない。
母を反面教師にしているせいか、疑り深く、警戒心が強い。
そして、出来れば、平凡でも安定した一生がいいと思っている。
「…それなら、質実剛健、質素倹約、謹厳実直な人と将来結婚したいです。」
私は言った。
「なるほど…将来の伴侶とは。良いでしょう。そなたの願い、しかと賜りました。時が来たら、そのような人間と巡り合えるよう、取り計りましょう。」
女の人が微笑んでそう言うと、二人の姿は次第に薄くなり、やがて消えてしまった。
「変な夢…」
私は夢の中でそう呟いたのだった。
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