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(私は婚約者に殺されるかもしれない。)
エリカは冬空を見上げた。
隣で微笑む恋人。その笑顔が、全身の毛が泡立つほど恐ろしく感じた。
こんな日が来ようとは、一体誰が予想できただろう。
恋人、翔太はエリカより2つ年上の大学生だ。
ニット帽をかぶった黒髪はきちんと短く、灰色のタートルネックとジャケットが彼のスタイルだ。
背中のリュックには、先程講義を受けた大学の教科書と筆箱が、丁寧に収められている。
成績も良く、授業も真面目に出席。
他人にも優しい。
恋人の私には、角砂糖の如く甘い。
デートの時は、王子様のように紳士的にエスコートしてくれる。
まさに理想の男性だ。
彼と付き合い始めて一年。
女というのは、日を追うごとに女の勘が働くようになるのだ。
彼は基本、自分のことは語らない。
訪ねたときだけ、応えてくれる。
即興で考えたような、軽い答え。
『私のこと好き?』『僕も好きだよ』と。
『キスして』といえば応じる。
彼からしてくることはめったに無い。
私はだんだん、翔太が、本音を隠しているような気がしていた。
彼が意志のない、マネキン人形のように思えて仕方ないのだ。
そして先週、事件は起こった。
その日は外が雨だったため、デートを家に切り替え、翔太の部屋を訪れた。
コーヒーを用意すると言って、彼がキッチンに立つ。
一人待つ私は、これ幸いと部屋を物色した。
本音を見せない彼の私生活を見てみたかった。
(エッチな本でも隠してるかも。からかってやろっ!)
彼の人間味を確認して安心したかった私は、ノリノリで探索した。
残念ながら、エッチな本はどこにもなかった。
本棚には、参考書と専門書ばかり。
漫画や小説もなければ、DVDもCDもない。
遊興がないのだ。
物も少なく、まったく人間味がない。
(な~んだ。つまんない・・・・)
私はがっかりした。彼の好みを知る、いい機会だと思ったのに。
最後にたどり着いたのは、彼のデスクの引き出しだった。
その引き出しだけ、鍵がかかっている。
私は好奇心に燃えた。
(やっと見つけたわ!彼の素が詰まった場所!)
ちらりとキッチンを伺う。
几帳面な彼は、林檎の皮を剥いてる最中だった。まだ時間はありそうだ。
引き出しを確認する。見たところ、一つの鍵で開くタイプだ。
(と、なると鍵はどこかしら?)
物が少な過ぎるこの部屋は、隠し場所には不向きだ。
翔太がいつも持ち歩くものの中に、鍵がある可能性は高い。
彼はいつもリュックを手放さない。財布も車のキーもすべて入れている。
(・・・・財布かもしれないわね。前に一度、鍵みたいな物が入っているのを見たことがあるわ。
勝手にリュックを開けたら、怒られるかな?)
『エリカ。僕コンビニに行ってくるよ』
いつの間にか、翔太が後ろに立っていた。
『プリン、好きだったろ?
りんごだけじゃ味気ないから買ってくる』
彼はそう言って、リュックを持っていってしまった。
だがこの時既に、私の手には銀色の鍵が握られていたのだ。
『ごめん、翔太』
(私、あなたのこともっと知りたい。
あなたがもし、人に言えない悩みを抱えているのなら、恋人の私には、知る権利があるよね?)
鍵はカチャリと静かな音を立てて開いた。
ぎぎぎ・・・・・
錆びた音を立て、引き出しを開ける。
『なに、・・・・・・・・これ・・・・』
予想を覆すものが、そこに収められていた。
スマホの束だ。
5台ずつ束ねて札束のように収納されている。
合計34台。
奇妙なのは、
『これ、全部女性もののスマホカバーよね?
しかも一つ一つにヒビが入ってる・・・・・・』
亀裂には、赤黒い染みがついていた。
『ドラマの返り血みたい・・・・・・・・・』
(返り血・・・・・・???)
恐る恐る、匂いをかぐ。
『きゃあああああああああああ!!!!』
思わずスマホを床に投げつけた。
血の匂いがした。鉄分と生臭い生き物の匂い。
私は彼への気持ちが恐怖へと変わっていくのを感じた。
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