願い事

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「もし、神様に1つだけ願い事を叶えてもらえるとしたら?」  幼なじみである江山幸子は、小学生の頃から定番と化した議題を悪びれもなく高校生の俺に投げ掛ける。  この質問は果たして何回目で、俺は何度願いが変わった事だろう。  もし、本当に神様がいるのなら、何度もお願いする俺を「強欲、しつこい」といって天罰すらあたえかねない。  そんな幼なじみの質問に対し俺は「その質問が二度ときませんようにって願うよ」と大人の対応を見せた。 「もう、ちゃんと答えてよ」  彼女は、部活の影響で僅かに脱色され栗色になっている髪を靡かせて、前を向いて歩いている俺の顔を覗きこんだ。そして再度答えを要求する。 「はい、願い事はなんですか?」 「今、言ったろ?」 「ぶぶー。それはルール違反です」 「おいおい、神様のルールをお前が決めていいのか?」 「いいから、答えてよ。たっちゃん」  彼女は、俺の名前、吉田恭平のどこでそうなったのか定かではないが、気づいたら俺の事をたっちゃんと呼んでいた。  幼少の頃、吉田が言えず、だっちゃんと呼ばれていた時期があり、恐らくはそのだっちゃんすら煩わしくなり、たっちゃんになったのだろう。 「んー。そうだな、お金持ちになることかな」  適当にそれらしい事を願えば早くこの質問から解放されると思い、俺はそう答えた。すると彼女は、まだ少し不満気だが、「うーん。そっか。お金持ちか」と言ってなんとか承諾してくれた。 「そういうお前は、何をお願いするんだ?」 「それはねー」と彼女は含みのある笑顔を浮かべ、「恥ずかしいからひみつ」とまさかの答えを拒んだのだった。 「おい、それこそルール違反だろ」とすかさずツッコミを入れる俺に対し、「もう学校つくから、また次回にします」と新たにルールが付け加えられた。  俺が願いを言わなくなったのには理由があった。  内気な性格で友達ができなかった俺は、いつも彼女と遊び、暖かさと楽しさを知った。  明るく、人の痛みに敏感な彼女は一人のおれを放っておかなかった。それが、彼女のいいところでもあり、優しさなのは当初から知っている。俺は、明るく誰に対しても優しい彼女の魅力に子供ながら引き込まれていた。  そんな彼女が、遊ぶ度に口癖のように質問してくるのが、「もしも、神様が願いを1つだけ叶えてくれるなら何をお願いするか」だった。まだ幼少の頃に、俺は砂場で聞かれたこの質問に一度だけ真剣に願った事があった。 「ゆきちゃんと一緒にいれますように」  それが俺の願いだった。  だから、もう叶えてもらってる。  これ以上は願えない。
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