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R1897が目を開けたとき、そこは宙空だった。
夜空にひかる星座たちが、R1897――つまり生贄聖女を見つめている。足元には、篝火が光る山脈があった。
「ああ……私、死んだのね」
生贄聖女は呟いた。
「魔王様にはお礼をいわなくては。こんな私を栄養にして下さるなんて。でも魔王様、お腹を壊してたらどうしましょう。一生かけて謝らなくては。命をかけて償わなくては……」
聖女の頬を、涙がひとつ伝いおちた。
「馬鹿ね。もう私、死んでいるのに」
「いや、誠心誠意土下座してほしいな」
「……え」
「私の片翼に傷をつけたのだ。国家をあげた賠償が必要だな」
「えええ。魔王様!? い、いったいどうなさったのです!?」
よく見れば、生贄聖女は、黒い両翼をはやした魔王の腕に抱えられていたのだ。魔王城から50mほど離れた空中を飛ぶ魔王の腕や頬には大量の擦り傷があった。
「あの首輪には魔王城すら崩壊させる量の爆薬が積まれていた。睡眠や精神の安定で俺の魔力値が一定まで下がったら爆発するようにしてあったようだが……直前で壊して結解を張れた故、魔王城も俺もこの程度で済んだというわけだ。今はジンが片付けに追われている」
「そ、そんな……。申し訳ありません! このたびの人間界の不手際、まずは私の命で償えるものでしたら是非……」
「ばかもの!」
「ひえっ」
魔王は思わず聖女に頭突きをくらわしていた。聖女を守るために一気に魔力を爆発させたために、黒かった目は赤に戻り、短かった髪も長く腰まで届く。手は節くれだって鋭い爪がはえ、額にはもちろん捻じれた角が生えていた。
「い、痛いですぅ」
「お前も殺されそうになったんだぞ! なぜおまえが償う! そこは! 人間界に対して怒るところだろう」
「で、でも私は……」
魔王は嘆息する。もう、何をいっても無駄だと思った。
「……まあいい。とりあえず下におろしてやるから。魔王城から逃げるなり、好きにしろ」
「そ、それはだめです。食べていただかなくては」
「なぜそう執着する……。やはり、教会の指導か?」
「それもありますけれど……」
聖女は、篝火の焚かれた山の向こうを見つめる。
「私の家族は冒険者でした。父は勇者の血筋につながる人で、魔界を目指していたんです。でもある時、嵐をしのぐためにドラゴンの巣に入ってしまって……。目覚めたときには、私一人が聖女養育のための教会におりました」
「それは……うちのドラゴンが失礼した」
「謝らないでください。すべて自然の摂理ですもの。父も兄も、毎日森で兎を狩っていましたわ。同じように、ドラゴンも私たちを狩っただけ。だから……私もその循環に乗りたいだけなんです。だから……どうぞ、私を食べて。魔王様にとっては微々たる食料にしかならなくても、その傷を癒すための力くらいはあるはずですわ」
「……本気なのか」
「ええ……。だって私は……そのために、生まれてきたのですもの」
そういって、聖女は目をつむった。
魔王はごくりと唾をのむ。魔王城は俺の体のようなものだ。とっさに結解を張ったとはいえ、随所が崩れている。今人間どもに攻め込まれたらひとたまりもない。だが目の前には、健康な肉体が一つある。これを食べれば、魔力値は回復する。
「名前は……?」
「え……」
「本当の名前は? 親につけられた名が、あるだろう?」
「ルクシエル……」
「……」
「ルクシエルですわ、魔王様……」
その言葉を最後に、ルクシエルは意識を失った。魔王の鋭い牙に首筋をかまれ、享年16歳で人生を終えたのだった……。
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