#4 前夜

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……そしてウッチーは アリサちゃんの実家でご挨拶をした時の話をする。 二人のことをずっと反対していた アリサちゃんのお兄さんを納得させたのは ウッチーの腹の決め方でもあり アリサちゃんのおじいさんの言葉だったようだ。 土地に根付いた工芸品の職人であるおじいさんは 大変な昔気質、そして頑固だそうで アリサちゃんの大学受験や上京の際にも 説得に骨が折れたという。 ウッチーは、自身の出生について 『幼少時に母を亡くした後は実の父親と縁遠く、あたたかな家族の肖像がありません。普通の子供ならば与えられ、当たり前に持っているものが欠けている人間です。しかし母方の祖父が私に人生を教え、分けてくれました』 と、打ち明けたらしい。 そして、 「彼女を見守り、導く立場であるにも関わらず、彼女のやさしさや笑顔に惹かれて、その側に在りたいと思うようになりました。私も何かを与えられる人間になりたい。ご家族が大切にしてこられたアリサさんが、これからも変わらず笑顔でいられるよう、大事にします」 迷いのない言葉を おじいさんは黙って聞いた後で 「……時代は違うけれど自分も親兄弟を亡くしてな。酷い時代を自力で必死に生きた。だからかアンタのような人間を仲間のように思える」 煙草に火をつけながら 心の扉を開くような表情で語った彼に ウッチーは亡くなった祖父の面影を重ねたようだった。 「リョウさん、あんたの下で働くようになってから、あの子は変わった。東京から帰ってくる度に人として大きくなっているのが分かった。だから俺はいつか、あんたに会って、一緒に酒でも飲んでみたいと思っていたよ。それがこうして嫁に貰いに来るなんてな……人の縁は分かんねぇもんだよなぁ。実際に会って、こうして話をして俺は思うよ。美醜じゃなく、面構えが良い。特に目が気に入った。自分の力で生きてきた男の目をしてる。そういう目をした奴は今じゃ滅多にいないからな」 おじいさんの豪快に笑う声や 猫背気味の背中、職人の使い込んだ手を見て 懐かしく思ったと、ウッチーは語った。 「あんた、自分を欠けているというけどよ。それはこれから満ちていくものじゃねぇのか」 『失ったもの』ではなく、『満ちていくもの』として ウッチーの人生を正面から受け入れた背中に お兄さんがけち臭い事を言えるはずもなく。 ちなみにアリサちゃんのご両親は 『そうなったら良いなぁ』と ずっと思っていたらしい。 アリサちゃんが話す、身の回りの話のなかで 『内野さん』は特別で 教えられ、守られ、磨かれて とても大切にされている様子が 伝わってきたからだ、という。 ウッチーに出逢ってからの娘の成長に 目を細めながら、静かに期待していたと聞いて ポーカーフェイスのウッチーも 流石にその得意技を保てず、 耳を赤くして照れてしまったようだった。
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