第二章:従姉妹

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2  薄暗い室内で目覚めた蘭子は、ユサユサと揺れるベッドの上で「ウンッ」と伸びをした。まだ少し酒が残っているようだ。窓の無い部屋を人工的なダウンライトがほんのりと照らし出し、けばけばしい内装が外界との隔絶感を助長している。USENが静かに垂れ流す音楽が枕元を満たしていて、いつもとは違った朝? 蘭子には今が朝なのかどうかも判らなかった。  時計を探すのも面倒臭く、ふと見上げると天井からシーツに(くる)まった女がこちらを見下ろしていた。その見慣れた女の隣には、興毅が微かな鼾をかきながら幸せそうな顔で眠っている。  昨夜、興毅に抱かれた。万理を抱く時と違い、その時の自分は女だった。腰や背中に回された手は固くゴツゴツしていたが、その無骨な肌触りの向こう側に私を愛おしむ優しさが有った。私の乳首を転がす彼の舌の感触と同時に、伸び始めた髭が当たるのを乳房に感じた。その口が徐々に下へと移動し、私の敏感な部分を彼の唇が刺激する度に、私の口からは甘い吐息が溢れ出た。私の中に入ってきた固く熱い興毅が、湧き出る潤滑剤の助けを借りて優しく、時に激しく往復運動を繰り返す度に、私は甘美な声を上げ、身体は悦びに打ち震えた。私はそれら全てを、この全身で感じたのだ。  万理とのセックスより良かったか? そんなことは判らない。比べられるようなものではなかったし、それらは似て非なるもののようにも思える。同時に、誰かとのセックスを別の誰かとのセックスと比べるなんて、人としてすべきではないとも感じた。  寝返りを打った蘭子が、眠り込む興毅の懐に潜り込むようにして身体を寄せると、彼のそこ(・・)だけがいきり立っているのを発見した。手探りで探り当ててみる。確かにそれは昨日の夜と同じく、天を突くようにそそり立っていた。暫くはその脈動するものを握り込んだりして弄んでいた蘭子であったが、突然、シーツの中に頭を突っ込んで、それを口に含んだままゆっくりと上下運動を開始する。  そうしながら彼女は、自分はこのまま女として生きてゆくのかもしれないと思った。自分自身が解からなくなっていた。自分はレズビアンではなかったのか? と言うより、女としての生き方に惹かれ始めているのだろうか?  気が付くと、いつの間にか目覚めた興毅が彼女の腰に腕を回し、蘭子の下半身をがっちりと抱え込んでいる。彼は目の前に開かれた蘭子の熱く湿った部分に顔を埋め、お返しの愛撫を始めた。  見渡す限り広がる北海道の牧場に隣接して建つ小さな家で、興毅とこんな風にして過ごす。そんな人生も、意外に悪くはないのではとも思えるのだった。蘭子は興毅を咥え込んだまま、女の声を上げた。  昨日と同じ服で登校してきたことを、あれやこれやと探りを入れてくる面倒臭い女友達の追及をかわす一日が終わった。蘭子にしてみれば、そのような女子トークは拷問のように気が重く、帰りの電車に飛び乗る頃には身も心もヘトヘトだ。こんなことなら、一日中ドラムを叩いている方がよっぽど楽だろう。そんな自分の女の子らしくない部分の存在を再認識する度、やはり自分って・・・ と思ったものだったが、今日ばかりは少し違った。興毅と重ねた肌の感触を反芻しては、少し鼓動が速くなるのを感じたのだった。  アパートの階段を登り切り左に折れる。そして数歩を進んだところで、蘭子は部屋の前に大きな何かが置いてあることを発見した。ゴミ袋か? 万理に任せっきりだったゴミ出しで、曜日を間違えて不燃物でも出してしまったかもしれない。いちいち口うるさい管理人が、ご丁寧に私の玄関先にまで、それを持ち上げてくれたのか。全くもってご苦労なことだ。  溜息をつきながら足を進めると、ゴミ袋が顔を上げてこちらを見た。それはゴミ袋ではなかった。玄関ドアに寄り掛かるように体育座りをした万理だった。  目を見開いて、ハッと息を飲む。寂し気な笑顔で蘭子を見上げる万理と、視線が重なった。小走りに駆け寄り、彼女の腕をつかんで立たせた。  「万理! 何やってるの、こんな所で!?」  自分のお尻をパンパン叩きながら万理が答える。  「えへへ・・・ 行く所が無くって・・・」  この部屋を出て行った時と同じ服。万理が家に帰らなかったことは明白だった。少し瘦せたようにすら感じる。あれから何日経った? 四日か? いや、五日か? 急いで玄関を開けた蘭子は、彼女をその中に押し込んだ。  「万理・・・」  万理は叱られる直前の子供のように、首をすくめて蘭子を見た。その顔を見返した蘭子は、呆れるようにふぅと息を吐いてこう言った。  「とりあえずシャワー浴びなさい。あなたの身体、ちょっと臭うよ。髪もゴワゴワじゃない。着替えはそのまま残ってるから。あっ、お腹は空いてない?」  万理は気まずそうな微妙な笑みを湛えながら、「お腹は大丈夫」と言って浴室へと消えた。  シャワーでさっぱりした万理が、バスタオルを身体に巻いて出てきた。もう一枚のタオルで濡れた髪の水分を取りながら。それを待っていたかのように、蘭子はベッドに腰かけた姿勢のまま、自分の前の床を指差した。その手にはドライヤーが握られている。  「そこ座って」風呂上がりの万理の髪を乾かすのは、いつも蘭子の仕事だった。  先ずは大方の水分を飛ばすために、ガシガシと髪をかき混ぜながら強めのブロワーを当てる。そして乾き始めたところで風量を落とし、髪を整えるように乾かしてゆく。万理はお行儀よく蘭子の前で横座りしたまま、自分の頭を彼女に委ねている。二人とも何も話さない。ドライヤーの立てる音が小さくなり、彼女のストレートの髪が風になびく様になってから、初めて蘭子は口を開いた。  「家に帰らなかったの?」  「うん・・・」万理は背中を向けたまま、打ち沈んだ声で答える。その表情は見えない。  「じゃぁ今まで、何処で寝泊まりしてたの?」  「朝までゲーセンにいたりとか・・・ あと、マン喫とか・・・」  蘭子の表情がキッと厳しくなった。  「馬鹿っ! 若い女の子が、そんな所で夜を明かして、何か有ったらどうすんのよ!? 私、万理にそんなことさせるために帰したんじゃないからね! 判ってんのっ!?」  「でも・・・ 他に行く所が無いから・・・」万理が項垂れた。  それを聞いた蘭子は、再び溜息をついた。今日、何個目の溜息だか、既に判らなくなっている。ドライヤーのスイッチを切って、蘭子は静かに問うた。  「今まで、万理が家に帰りたがらない理由は聞かなかったけど、こうなったらちゃんと教えて。どうして家に帰らないの? いったい何が有って、家出なんてしたの?」  蘭子はバスタオルを身体に巻いて俯いている万理の、剝き出しの肩に優しく手を添えて答えを促した。  「話してごらん。今まで何だって話してきたじゃん」  「お父さんが・・・」万理が重い口を開く。  やっぱり、と蘭子は思った。やはり父親との不仲が原因か。そんなことで家出をしてしまうなんて、最近の若い子は、などと妙に年寄り臭い想いが湧き上がるのを感じ、自分だってたいして歳は違わないぞと自分を戒める。今の万理に必要なのは、お説教ではないのだから。  「うん。お父さんがどうしたの?」  「お父さんが・・・ お父さんが私をレイプするの!」  急に大声を上げた万理に、蘭子の表情が固まった。万理は俯いたまま拳を握りしめる。  「私が学校から帰ってくる度に、毎日毎日! 嫌だって言っても聞いてくれない! 生理だって言っても許してくれない! 凄く恥ずかしい恰好させられて・・・ 感じてる声を出さないと怒られて・・・ イカないと不機嫌になるから、仕方なくイク振りをして・・・」  「ま、万理・・・」  「お母さんに相談しようと思ったけど、そんなこと出来るわけないじゃん! お母さんが働いてる間に、お父さんと毎日セックスしてましたなんて言えるわけないよ・・・ だから・・・ だから・・・」  「もういいよ! 万理・・・」蘭子は彼女を背中から抱き締めた。「もう判ったから、話さなくていいよ。可哀そうに・・・ ごめんね、万理。そんな家に帰れなんて追い出して・・・」  その時になって初めて、万理の頬を止めどなく流れ落ちる涙の存在に気が付いた。  「うぇっ・・・ うぇっ・・・」  泣きじゃくる万理の薄い肩が震えた。蘭子は彼女の頭に手を添えて、更に強く抱き締めた。  「可哀そうな万理・・・ 可哀そうに・・・ 辛かったね・・・ 悲しかったね・・・」  「だから、ひっく・・・ だからここにいさせて。何でも言うこと聞くから、ひっく・・・ ここにいさせて・・・」  「いいよ。ずっとここにいな。私が万理を守ってあげるから、好きなだけここにいな」  「蘭子ぉ・・・ んん・・・ ん・・・ うぁぁぁ・・・ ん・・・」  万理は背後から伸びる蘭子の腕にすがるように、顔を埋めて泣き出した。そのまだ乾き切っていない髪に、シャンプーの香りのする真っ直ぐな髪に頬を寄せ、蘭子も共に涙を流した。  「万理・・・」
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