実は武士でして

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武士とはどんな人のことを指すのだろうか。 戦国時代に主君に仕え忠誠を尽くした士のことか。守るべきもののために戦うことを生業とする人のことか。高潔な魂を持ち気高い志のために命を懸ける人の事か。 だとしたら僕は武士にはなり得ない。2020年にブラック企業と呼ばれる会社に忠誠を尽くす社畜。守るべきものと呼べるのは先日ベランダに飛び込んできたインコのピーちゃん(仮名)ぐらいだし、不動産を売りつけるために必死に愛想笑いをするのを生業とする。目標も心意気も昔はあったような気がするが、睡眠不足で充血した目ではよく見えなくなってしまった。命を懸けるのは朝7時の赤い電車への滑り込みぐらいか。今日も代わり映えしない景色を息を切らして駆けあがっていく。人並みに足元をすくわれないように、バランスを崩さないように。風のない湿ったプラットフォーム。整然と並ぶ黒いスーツ。転がるペットボトル。白い時計。6時55分。セーフ。 いつも通りの時間。いつも通りの風景。いつも通りの僕はいつもと違う今日を期待していた。目の前を違和感が通り過ぎるまで。
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