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Prologue
Prologue
夢を見た。
森の中をお父様が走っている。何かから逃げているのだろうか。後ろから追ってくるものはかすんでしまって見えていない。何から逃げているのだろう。だけれども、悲しいことに、追ってくる「もの」とお父様との間の距離をどんどん縮まっていく。そして、最後に聞いたのは、お父様の断末魔の悲鳴だった。
目が、覚めた。
とうとうあの日から一年が経った。お父様の手紙が絶ったあの日から。
思えば、早いようで遅かった。音信不通になって最初の二、三カ月こそはお屋敷は安定しなかったが、ステイプルトンの素晴らしい裁量のおかげで、きちんと回り始め、気づいたらお父様のいないことが日常になり始めた。月日の感覚が麻痺してたのだろうなと思う。
そんなことを思いながら、真っ白な霧に包まれた夜遅いウエストエンドの一角を歩く。人のいない歓楽街は不気味なように静かで、少々怖くもあった。
歩いているうちに私は歩を止めた。繁華街よりちょっとそれた、普通の建物。これが今日の私の目的地だ。私は深呼吸をして、扉を開けた。
開けると煙草や葉巻の匂いが私を洗礼する。もう全員集合しているみたいだ。そんな確信を得て、私は階段を上った。二回に上がったところにあるドアを開けた。円卓の周りに座ったいかつい紳士たち。いかつい顔をしているのも、まあ当然であった。私は動揺を隠して、できるだけ無機質に、事実だけ、伝えた。
「父、ヘンリー・ガブリエル・グラストン第六代ランズワース伯爵からの最後の手紙の差出の日付から、一年が経ちました。」
その「事実」を受け止めるために、少しは時間を要したのだろう。紳士たちは五秒ほど黙りこくっていた。
「それが」
空席であるお父様の席の向かい側に座っていた立派な髭をたくわえた老紳士、サー・アルフレッドが口を開いた。
「それが、我々にとってどのような意味を持つかは、ここにいる諸君はもう察しがついているはずだ。」
また沈黙が空間を支配する。サー・アルフレッドは周りを見渡し、言った。
「これが普通の貴族の慣習ならば、遠縁だろうがなんだろうが男子を後継ぎとして引っ張ってきて、次期当主とするのが定石だが、我々は、少なくとも普通の貴族ではない。」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「我々『魔術師』は、性別でもなく『横』のつながりでもなく、ただ単に『縦』のつながりと、実力を重視する。それが我々の行動理論であり常識。それは、ここにいる皆も、異論はなかろう。」
皆、うなずく。そして、サー・アルフレッドは一枚の紙きれを取り出した。サー・アルフレッドは深呼吸し、威厳ある声で読み始めた。自分も心のどこかで予想していた、台詞だった。
「汝、エドナ・ミカエラ・グラストンに告ぐ。」
そんな風に、始まった。
「この度、第六代ランズワース伯が失踪し、生死不明となってから一年経った。よって我々『クラブ』は、此度の非常事態に際し、汝を第7代ランズワース伯と承認する。」
私は息を飲んで、それを聞いていた。
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