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それから何事もなく奇妙な同居生活が三週間ほど過ぎて、壊滅的だったカイルの家事スキルが劇的に向上していった。
元々が器用なんだろう。
少し教えれば次からは自分の物にして、もっと効率よく動く事ができていた。
これでどこに出しても恥ずかしくない立派な主婦に……って、ちっがーう。
ふと、壁につるしたカレンダーに目が行く。
一ヶ月したら迎えが来るって言ってたな。
残りあと五日……。
そうしたらカイルとの二人の生活は終わる。
せいせいするはずなのに……心がざわざわと落ち着かない。
その夜俺は、熱を出して寝込んでしまった。
カイルについて考えすぎて知恵熱でも出たんだろうか。
熱を出すなんて9歳の時以来だから10年ぶりか。
カイルは俺の側を離れない。
額に置いた濡れたタオルを何度もなんども取り替えたり、汗をかいたらタオルでこまめに拭いて着替えさせてくれたり、水分補給やおかゆ、すりおろし林檎を用意したり、本当にかいがいしく世話を焼いてくれた。
寝ずに一晩中である。俺がいつ目を覚ましても心配そうに俺をみつめるカイルの菫色の瞳と目が合うのだ。
熱でぼーっとする意識の中また潮の香りがした。
「お兄……ちゃん」
「理人?思い出してくれたのかい?」
「…………」
額に何か柔らかい物が触れた気がした。
そして再び意識は眠りの淵に落ちていった。
翌日の朝、目を覚ますと熱も下がりすっかり元気になっていた。
カイルにお礼言わなくちゃ。
きょろきょろと部屋を見回すが、ずっと側にいたはずのカイルの姿が見えなかった。
トイレかな?と思ったがどうやら違うようだ。
カイルの気配がない。
時間が経つにつれ不安な気持ちが膨らんでいく。そんな中、外で話し声が僅かに聞こえてきた。
玄関のドアを開けると、カイルと誰かが言い争っているようだった。
「ノー!約束ではクリスマスまで猶予があるはずです!」
「お父様はケイト様とのご結婚をお望みです。もうあれから三週間以上も経って落とせていないではないですか。あと数日で何がかわりましょう?無駄な事はおやめください。我儘もたいがいになさいませ」
「ノー!ノー!ノー!」
頭をぶんぶんと左右に振り続けるカイル。
俺はふらりとよろめいてドアに頭をぶつけてしまった。
がツンという音に俺の方を見る二人。
はっとするカイル。
カイルと言い争っていた男はバツの悪そうな顔をすると「お早目にご準備ください」と言い残し去って行った。
「理人―――」
カイルは慌てて俺の元へ駆け寄ってきた。
「迎えすぐ来れるじゃん。俺のとこいる必要ないじゃん」
「理人―――聞いてくれ」
「結婚するんだろう?ケイトさん?よかったな家事もプロ級になったし、喜ばれるよ。おめでとう」
「理人、お願いだ。私の話を聞いてくれっ」
「話?嘘ばっかりじゃないかっ。ねぇカイルは何がしたかったの?嘘ついて俺のとこに転がり込んでさ、それで一ヶ月経ったらさようならって出て行くんだろう?ねぇ、俺の事ハニーって言ったよね?それって何?他の人と結婚するのに俺の事ハニーなんて呼んだの?俺の事からかってたの?ねぇ!ねぇ??」
「―――理人……」
カイルは俺の事を抱きしめようとしたが俺は力の限り暴れた。
「やめろばかっ!触るな!」
がつっと俺の肘がカイルに当たる。
カイルの口の端から血が出ている。肘がぶつかって切れたのだろう。
「―――あ……」
「すまない…理人……」
カイルは悲しそうに微笑んで何かを言いたそうにしていたが、俺は背を向け聞く耳を持たなかった。
そうして「すまなかった……」とだけ言い残してカイルは出て行った。
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