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『何処、行っちまったんだよ。置いていかないどくれよ……』
彼女の言葉は、殆どの人間に届かない。
そうでなくとも雑踏にかき消されてしまったのだけれど……
暫くして、彼女は誰かに強引に摘まみ上げられた。
「なんだろう? これ……」
大きく黒々と光った目玉が、じろじろと彼女を隅から隅まで舐め回すように見つめていた。
(この下品な奴は何処の誰だい? )
彼女の持ち主とは大違いだった。
外見も立ち振る舞いも……
けれど、手段を選んではいられなかった。
『ねぇ、あんた。私の声、聞こえるかい? ねぇってば……』
彼女の声が聞こえたのか、聞こえていないのか、彼女を手にしたまま周りをきょろきょろ見回したり、走ったかと思えば急に立ち止まって、何かブツブツ呟いている。
(何だか、妙ちくりんな娘に掴まっちまった)
彼女に『妙ちくりんな娘』と言わしめたのは、寺川 真美という、一見、何処にでもいそうな普通の女子大学生だった。
だが『妙ちくりん』と真美が評されるのも、当たらずと雖も遠からず……
――真美には変わった癖がある。
道に落ちている物に異常に興味が湧くのだ。
「こんな所に……なんで、こんな物が? え、ここで脱いだの?」
時に、とんでもない物が道に落ちていることがある。
『落とし物を見つめながら、それに纏わるストーリーを勝手に妄想する……』
それが彼女の風変りな癖であり、趣味であった。
彼女は通学やアルバイトの行き帰りにも、足下に目を光らせていた。
今や動画を倍速で観る時代に、なんというアナログ人間だろうか。
しかし、彼女は誰かが作り上げたものを一方的に享受するよりも、自分で何かを創造することに興味があるのだから、仕方がないのかもしれない。
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