いつもの通り道で

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現在の簪の所有主、咲子は母に似て穏やかな性格。 彼女の祖母の紅緒とも何処か似たところがあり、特別美人ではないが、清らかな笑顔が美しい上品な女性だ。 朗は苦労も多く、母との結びつきがとても強かったので、簪のことを『母の形見』として、過剰なほど大切にしていたが、咲子は両親の元、特に不自由もなく至極平凡に育った為『可愛らしい椿の細工が施された、お婆様の簪』くらいにしか思っていないようだった。 そんな咲子も年を取り、数年前、認知症を発症してしまった。 彼女の鏡台やバッグの中で慎ましく、時には彼女の髪の上で誇らしく、生活を共にしてきた簪は、咲子の異変に徐々に気付き始めていたが『認知症』というものを彼女は理解していなかった。 (咲子はどうしちまったんだい……最近は、ぼーっとしてばかりで、滅多に外へ連れ出してもくれないし……) そんな咲子の行動を簪が気に掛け始めた矢先の出来事だった。 麗らかな日和のなか、同居している孫の健司(けんじ)に連れられ、咲子は車椅子で墓参りに出かけた。 孫の健司は、自分の両親に対しては少し反抗的であったが、祖母の咲子にとても優しく、彼女が認知症を発症してからも、時々、車椅子に乗せ、色々な場所に連れ出していた。 健司が幼い頃、共働きの両親に代わり、彼の面倒を主にみていたのは祖母の咲子だった為だろうか、 『今度は俺が、婆ちゃんの面倒をみる!』 と両親にも豪語していたらしい。 そんな彼が自分のことを探してくれるのではないかと、簪は密かに期待していたのだが…… (健司のバカ野郎……何、やってんだい……) 静まり返った交番にある施錠された棚の中からでは、簪の祈りは届かない…… こうして簪は、侘しい夜を明かそうとしていた。
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