1人が本棚に入れています
本棚に追加
第5話 いくじなし
何故かあれから意識してしまう。
斉藤さんが席を立ち、友達数人と会話する、休み時間が過ぎると
また席に戻り、次の授業のノートを開き、黒板を板書する。
特別何かしているわけではないのに自然と目が追ってしまう。
僕は斉藤さんのことをどう思っているのだろうか。
そんな桃の匂いが漂ってきそうな考えを頭をブンブンとふり、取り払う。
「えー、今から進路希望調査の紙を配ります
期限は一週間だから遅れずに出せよー」
担任が馬鹿でかい声で話す。
プリントが前列から流れ作業で後列まで回ってくる。
自分のところまで回ってくると前の席のやつが振り向き
「なーなー、今井って進学?それとも就職?」
もう二年の2月。進学するにしても、就職するにしてもそろそろ準備を始めなければいけない時期。
「僕は・・まだ迷ってるかな」
「だよなー!まだ将来自分がなにしてるか想像つかないよな」
大きな独り言をつぶやきながら再び前を向いた。
僕らの学校は自称進学校のくせに諸々の準備を、等の理由で2年生の段階で進路を確定する。いままで、部活だとか、学際だとか余韻に浸ることなく現実を突き付けてくる。
「進路ね」
「今井さんは進路決まっていますか?」
そう聞いていてきたのは隣の斉藤さん。
心の準備が出来ていなかった僕は少し動揺したものの表には出さず
「斉藤さんは決まってるの?」
質問を質問で返す。
「私ですか・・・」
顎に手を当て、頭を傾ける
「私、将来なにをしたいんでしょう?」
「知らないよ」
「それもそうですよね」
香奈は机のプリントに目を落とした。
斉藤さんもまだ決まってないんだ。
小さいころは誰だって、花屋になりたい、サッカー選手になりたい
大なり小なり夢を持っていたはずだ。
だが成長し、知識と経験を蓄えることでそれらはそぎ落とされ
自分の能力を考慮した妥協点しか残らない。
こんな卑屈な僕に彼女は何て言うだろうか。
―――「無理だって。やめようよ」
「今井くんって男の子のくせにビビりだね
ほら、行くよ?」
「うっ・・・・。」
「ほら、出来たでしょ?やってみないと分からないって
はい!次、今井君の番」
「僕には出来ないよー」 ―――
昔、二人で遠くの山に行った日のことを思い出した。
「今井さんは好きなもの何かないのですか?」
「僕ですか・・・特に・・ないですよ」
引き出しからはみ出た分厚い本が香奈の目に入る。
「それ、いつも授業中読んでますよね」
別にやましいことはないはずなのに本を机の奥へ押しやる。
「天文学に興味が?」
「違うよ、ただ星が好きなだけだよ」
他の新品同然のページとは違い、癖がついてしまい、紙と紙にできた隙間を指さきで撫でた。
「それなら天文学者とかどうです?」
「え、」
「安易ですけど、好きなものを仕事にしたほうが楽しいでしょ?」
「まあ、そうだけど。僕は頭そんなに良くないし・・」
――「ほら、出来たでしょ?やってみないと分からないって
はい!次、今井君の番」
「いや、そうだね。候補に入れてみるよ」
「はいっ」
香奈は満面の笑みを向ける。
なんでそんなに嬉しそうなのだろう。他人事のはずなのに。
「では、次は私の考えてくださいね、今井さん?」
「ふ、いいよ」
思わず苦笑いがこぼれ、そう答えると「やったー」とまた嬉しそうに香奈は笑った。
最初のコメントを投稿しよう!