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「ユウは、じゃあ、どこにも行かない?」
「うん、行かないよ」
逃げてきたくせに?
そうだ。俺はそれも気になってた。ユウは元彼に携帯を返した時、とても嬉しそうだった。よっぽど嫌な目に遭ったのか。辛い目に遭ったのか……清々したという表現がピッタリな雰囲気だった。
なにが嫌だったのだろう。俺はその元彼と同じ轍を踏まないと言い切れるんだろうか? まずそこらへんを詳しく聞いたほうがいいのでは? ……ああ、己の性格が恨めしい。どうしてなにも考えず、勢いで飛び込めないんだろう。今そんなこと悩んだってどうしようもないのに! 後悔先に立たずだろ? 石橋を叩いてる場合じゃないよね?
なのに口から出たのは情けない質問だった。
「前、同棲していた時は? どうして家出したの?」
「それは……」
ユウが口を開いた時、また携帯が鳴り出した。
楠木だ。早くない? いや、ユウとの時間があっという間に過ぎているのだろうか。夢中でキスしてたから時間なんて気にしてなかった。これじゃ竜宮城の浦島太郎だ。現実へ帰る音を無視してユウの話を聞きたい。今、すごく大事なところなんだ!
でも、ユウは楠木の案件の方が優先事項だと判断したみたいだった。
「……携帯鳴ってるよ?」
「……う、うん」
仕方なくユウの上から退き、携帯を耳に当てた。
「もしもし」
『おれぇ~。やっと駅だよ。もうこんな時間だしぃ。はぁぁぁぁ。でも思ったより早かったからよかったぁ』
「あはは……。大変だったな。お疲れ。で、何時の電車に乗れそう?」
ユウが起き上がり、俺の背中に覆いかぶさってきた。右肩に乗せた顔をチラッと見て、右手で頭をポンポンと撫でる。ユウは目を閉じて、回した腕をギュッと締め付けてきた。
ウッ……苦しい。
『うーんと、次が五時四十五分だから、駅に着くのが六時五分とか?』
「六時五分ね。駅で待ってるよ」
『うんうん。頼むわ~。はー。やっとビールが飲める~』
「はは。じゃ、またあとで」
『はいはーい』
通話を終え、ユウへ謝った。
「なんか邪魔ばっか入って、ごめんな?」
「仕方ないよね」
慰めるように頬にチュッとキスして、ユウは俺を解放した。
俺はユウに向き直り、ペタンと尻をつけ座るユウの頬を両手で挟んだ。
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