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 白い門柱の上に、一羽の鳥がとまっていた。柱と同じ真白の鳥は、今まで見たことがないほど大きく、丸々とした目だけが青く輝いている。硝子玉かと思って、少しして、何かの宝石なのかもしれないとも思う。それくらい、陽の光を浴びる青は、痛いほど透き通り煌めいていた。  向かいには全く同じ設えの門柱があって、間の黒い門扉は固く閉じていた。その誰の侵入も拒むような佇まいすらも夢で見たものと同じで、驚きと困惑が胸を占める。 「一緒ですか?」  柔らかな声が耳を撫でた。声を運んだ風が、戯れのように髪を攫って逃げていく。顔にかかった横髪を整えながら振り返れば、車から降りてきた男性と目が合った。彼が後ろ手にドアを閉めると、車は滑るように走り去っていく。 「……はい」  驚きました。思わず呟く。男性は息だけで少し笑って、ずれた眼鏡に手をやった。 「どの子も同じことを言います。きっと、それがここに来る理由なんでしょうね」  白い指が深緑のフレームを持ち上げる。細く垂れた瞳は、私の後ろに佇む門へと向いていた。  視線に気づいたのか、男性がこちらを向く。肉のない頬が持ち上がって、溶け入るように笑みが広がる。その表情はどこか幼くて、着ているスーツとちぐはぐに思えた。 「緊張していますか?」  一も二もなく頷く。励まされるのか。それとも笑われるのか。どちらかかと思ったけれど、男性は「そうですか」と呟いたきりだった。  鈍い音が背後で響いた。何かを引きずるようなそれに、思わず振り返る。沈黙を守っていた黒い門扉が開き始めていた。  飾りのない簡素な扉は、焦ったくなるほどゆっくりと動いている。ようやく半分ほどが開いた時、門の向こうから歩いてくる人影が見えた。遠目で見ても綺麗な歩き方だとわかるその人は、煉瓦畳の道にすらりとした影を落としている。  来ましたね。  柔い声がした。近くから聞こえたそれに、いつの間にか男性が隣に並んでいたことを知る。誰なのかと問いかけた声は、途中で喉奥へと吸い込まれてしまった。門柱の大鳥と全く同じ青い瞳に、息さえも止まる。 「伊原さん、彼女が同室のアイヒさんです」  アイヒ。聞き慣れない響きの名前を繰り返す。ちょうど目の前に立った少女は、はい、と歌うように返事をした。傾げた首の曲線の横で、波打つ茶髪が風に揺れる。動くたび、光の鱗粉を辺りに撒き散らすような細髪に思わず見惚れる。職人が染め抜いたような見事な赤い唇に笑みが咲いた時、私はここに来た理由を見つけた気がした。
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