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ジェイの言葉
仕事が終わって店内を清掃、シャッターを下ろしガスの元栓などを点検。源と伴とお休みの挨拶を交わし、スタッフルームの鍵をかける。
伴は去年の11月に給料がしっかり出たこともあり、源の住むマンションの近くにアパートを借りそこに移った。内情を言えばイチが手を回した。なごみ亭に対し不穏な動きがあればアパートには戻らないことになる。
蓮は今日は階段を使った。いつもより少し早めに店を切り上げている。踊り場で5分ほど佇んだ。思いを巡らす。
(スパッとケリをつける。そのためにはどうすればいいか。……最初に万一のことを考えて逃げ道を確保する。そのために今夜親父っさんの所に行く。明日は夕方母さんに電話しよう。……俺にできることはなんだ? いざって時に何もできない……)
蓮は右手で額を押さえた。
今日一日、なんと目まぐるしかったことか。母の見舞い、諒を追って店に戻り、諒を追い返し店を開けて、花と浜田と話をした。これからジェイが眠るまでそばで過ごし、後を浜田に託して親父っさんの所に行く。
(根本的な解決に繋がることが何もできない…… 法律的にジェイを籍に残したまま河野の家との確執を避けることはできない。でも……ジェイ、俺はお前を籍から出す気なんか無いんだ。なにを抵抗することもなく逃げ出すしかないのか?)
それならそれで後に残る者たちが困らないようにする必要がある。親父っさんのところから戻ったらその準備に手をつけなければ。スタッフたちが行き場を失くすことだけは避けたい。
店は大滝にある程度預ける形になるだろう。自分は離れてオーナーとなってもいい。
(店長はやっぱり源ちゃんだな。匠ちゃんのことは池沢に託そう。そうだ、眞喜ちゃんに副店長をやってもらおう。俺たちの家は……R&Dの寮にしてもいいか。繁忙期のホテル替わりでもいい。そうだ、あいつらに使わせてやりたい…… 俺は…… もう負けることを想定している…… それでもいい、ジェイに穏やかな人生を過ごさせたい)
そうなったら。自分はどんなに安堵するだろう。面倒なことから全て遠ざかる。それが一番正しくて安心なのだと思う。
「お帰りなさい!」
「まだ起きてたのか? ……なにやってるんだ、2人で」
「だってたっぷり寝ちゃったもん」
「お帰り、蓮ちゃん。テトリス挑まれちゃってさ。今追い上げてるとこ。もう話しかけないで」
「すごいんだよ! 浜田さん、強いんだ!」
「へぇ! ジェイに強いって言われるなんてよっぽどだな。花だってテトリスじゃジェイに追いつけないって言ってるのに」
「独りもんを舐めてもらっちゃ困る! こういうの時間を忘れるからちょうどいいんだよ」
時間を忘れるために。今までそうやってきたのだろう。慌てて台所に行く。
(どうしたっていうんだ…… 最近の俺はやけに感傷的だ)
目が霞みそうになるのを堪えた。みんなが何かを背負っている。戦いながら生きている。自分のために。誰かのために。
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