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「わ! 待った、待った! おい、それって、わっ、待てって!」
「だって遅いんだもん」
「なに騒いでるんだ」
台所から戻ると浜田が打ちのめされたような顔をしている。
「強すぎるよぉ…… なにも出来なかった」
「待ってて上げたのに攻めてこないから終わらせちゃった」
「そう言えばちゃんと聞いたこと無かったな。ジェイってどれくらい強いんだ?」
「ヤバいくらい! ずらし入れとスピントリプルが」
「待て! 俺に専門用語使うな、そういうことを聞きたいんじゃない」
「蓮は前に俺に一回負けてからゲームしないよね」
「ああ、そういうタイプいるよね。負けるの嫌だから最初っから逃げの一手!」
「なんだと!」
負けず嫌いの性格を知っていて浜田が煽ってくる。
「ジェイには絶対勝てないからやんないんでしょ? 俺は鍛えるからな、絶対上手くなってやる!」
「無理だよ、きっと。オンライン対戦でも強い人って少ないし」
蓮はさっきの言葉でカチンと来たからそこを離れた。二人のテトリス談議に花が咲いている。
「でさ、去年の9月から新しく始まった大会があるだろ? 次で第3回になるけど。あれ、上級者がかなり入れ替わったよな。その中でも急に上がってきた『なんトリック』ってヤツ、凄いぞ。知ってるか?」
「凄い?」
「そりゃもう! ベテランを相手にマイペースで淡々と戦ってるって言うか。なにせ開始から連続パーフェクトだもんな、普通に勝てるわけ無い」
なぜか嬉しそうに頬を上気させたジェイ。
「『なんトリック』の名前の意味、知ってる?」
「意味?」
「うん。『なごみ亭』の『な』。『蓮』の『ん』。Eccentric のトリック。それで『なんトリック』にしたの」
「…………あれ、お前!?」
「大会ってあんまり出たこと無かったんだ。でも石尾くんが出たけどボロ負けだったって聞いたからちょっとやってみようかなって。そしたら結構勝ち続けちゃって」
その会話が耳に入って、蓮はまたそばに行く。この辺りはまるで親バカというか、パートナーばか。
「なんだ、ジェイが凄いのか?」
「凄いなんてもんじゃないよ! 『なんトリック』の名前はどんどん有名になってるんだから! お前、バトロワには出ないの?」
「ああいうの、嫌いだよ。みんな勝つために汚い手使うし。俺、『CTC』に出るのが夢なの」
こういうことを初めて聞く。ゲームはただのゲームだと思っていた。名を馳せるようなものではなく。
「ジェイが有名人なのか」
「そうだよ! CTCって、ああいうのが好きなのか?」
「なんだ、その『CTC』って」
「『クラシック・テトリス・チャンピオン』の略。地味な大会なんだ。技を競うんじゃなくて耐久だね。どれだけ長く持ちこたえるか」
「うん。人と戦うんじゃなくって自分と戦う感じ」
「耐久ってジェイが続くコツは?」
浜田はよほどこの話題が気に入ったらしい。花はゲームそのものだが浜田はゲームの会話を楽しんでいる。
「終わりを考えないこと。今と次の二つだけを頑張ればいいんだ。終わるイメージを抱いたらだめなんだよ。ずっと続くって信じること」
(ずっと続くと信じること。……終わりを考えない)
蓮はジェイの違う面を見た気がした。そして欲しい言葉を聞いたような。
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