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ジェイの睡眠薬は2種類だ。飲んで10分もすると効果が出始める持続時間が短いものと、効きは遅いが眠りが深くなるもの。
そう時間もかからず寝息が聞こえ始め、蓮はそっとベッドを出て支度をした。
「気をつけて。昼寝でもいいから寝た方がいいよ」
玄関まで送ってくれる浜田が温かい目を向けた。
「行ってくる。頼むな」
「了解。行ってらっしゃい」
外はほとんど人通りもなく静かだ。エンジン音がやけに響いているような気がする。蓮はゆっくりと駐車場から出た。
(逃げるためじゃない。しっかりと向き合うためにゆとりを持つんだ)
似ているようで違う。心の持ち方が。ジェイの手を握って逃げるのではなく、ジェイの前に立ちはだかって守りたい。昔自分が言ったではないか。
『負ける戦いをする趣味は無い』
(負けを前提にするのはやめだ。想定しておく。その上で全力で動く)
三途川家はいつもと変わらず電気が煌々と点いていた。前もって連絡を入れておけばこうやって歓待してくれる。有難いと思う。それでもなるべく静かに入っていった。
玄関を開けるとすぐにテルが出て来た。
「お待ちですよ」
「ありがとう。遅いのに申し訳ない」
「なにをまた、他人行儀な!」
屈託のない笑顔を向けられて気持ちが和らぐ。テルはいつも人を和ませる。
親父っさんはいつも通りだった。
「寒かったろう、千津! お茶!」
「そんなに広かないんだからね、怒鳴らなくたって聞こえるよ。それとも自分の耳が遠くなって来たかい?」
「まったく、口の減らねぇ女だ。とっとと奥に引っ込め」
「大将の前だからって粋がっちまって。先に寝るよ」
「おお、寝ちまえ」
女将さんがからっと笑って奥に消えた。
「いつも思うけど親父っさんと女将さんって仲がいいですね」
「あぁ? どこ見てんだ、あれが仲いいように見えるかい?」
「見えますよ、充分」
「参ったな…… で、夜中に余所の夫婦覗きに来たんじゃあるめぇ?」
「はい。頼みがあってきました。俺とジェイが消える段取りをつけてください」
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