ちょっと醜態

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ちょっと醜態

  「ジェイ……みず……」  伸ばした手に冷たいペットボトルが押しつけられた。本当ならグラスにストローがついて『ほら、蓮、ゆっくり飲んでね』などとふんわかした言葉がつくのに。けれどただペットボトルを握らされただけ。  でも文句は言わず、キャップを開けて横になったまま器用に水を煽る。あまり頭を動かしたくない。ペットボトルのキャップはコロコロと転がっていったが、きっとジェイが拾うだろう。  ちょっと一息つく。ここまで酔うと目を開けるのが辛い。あれこれ考えるのがめんどくさい。欲求を短い言葉で呟けばそれでジェイは動いてくれるし。 「みず、ひとりでのめない」  いつも口移しで飲ませてやっている。たまにはしてくれていいと思う。けれど動く気配を感じない。 「みず」  多くを語りたくない。 「くちに」  なにをぐずぐずしてるのか。文句の一つも言いたくなる。 「いつも口移ししてやってるだろ。俺にも」 「悪い、それしたくない」  バチっ! と目が開いた。ジェイの声じゃない。 「花? ……花!? なんで」 「俺んち。俺の水あげたの。ついでにそこ、俺んちのベッド。悪いけどさ、この口は蓮ちゃんのじゃない。マリエの。分かった? 口移し? 冗談!」  蓮は二日酔いのクラクラも気持ち悪さも吐き気も今は全部脇において、ベッドの上に正座していた。 「おれ、なに言った? きいてない、よな? ああ、言うな! 寝ぼけてたんだ、いや、普段やってるってわけじゃない、たまたまそんな夢を、そうじゃなくて」 「ね、落ち着いたら? いいよ、蓮ちゃんがジェイに口移しで水飲ませてたってんなら。別に好きなようにすればいいじゃん。さぞ美味いんだろうって思うよ。でも俺に求められても」 「だから、」 「おい、いい加減にしろよ。そんなに蓮ちゃんを苛めるな」  ほとんどが笑い声になっている声に振り向く。 「まぶし……」  窓際に椅子があり、人が座っているが逆光になっていて見づらい。だが声の主が哲平なのははっきり分かった。 「……そうか! これは夢だ。まだ俺は眠ってるんだ、そうか、夢か」 「あのさ、往生際悪いから。俺も聞いた。『いつも口移ししてやってるだろ。俺にも』。ね、『俺にも』なにしろって言いたかったの? そこ聞きたい!」 「もうやめてくれ、それだけ甚振れば充分だろっ…… 頭が痛い」 「出たよー、酔っ払いの伝家の宝刀、『頭が痛い』。マリエー! 頭痛の薬! やっぱり二日酔い!」 「はーい」 「花……大声やめてくれ……死ぬ」 「まったく」 「おれはどうなったんだ?」 「酔い潰れたんだよ。ま、あれは蓮ちゃんじゃなくて周りが悪かったんだけど。だから蓮ちゃんを叩き出すのはやめておいた。食べもしないで飲むなんて良くないよ、全く!」 「みんな帰ったのか?」  さっきの事実をなるべく遠くにやりたい。自分も忘れたいし、2人にも忘れてほしい。だから話題を必死に変える。  
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