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「とにかく座ってください。伴ちゃん、お茶!」
「あいよ!」
「悪いがそんなに時間が無いんだ。ジェイって人にちょっと話があるだけなんだよ」
「弟さんって言いましたよね。疑って悪いですけど何か分かるものありますか? マスター不在の時は俺が店を任されてんです。責任ある立場としちゃなんだっけ……情報……そう! 個人情報ってヤツを俺が守んなきゃなんないんで」
「失礼だな、君は! 去年はコーノソリューションズの忘年会を頼んだだろう。それだけで分かりそうなもんだ」
「コーノ、なんですか? そこがマスターとどんな関係あるんですか?」
「コーノソリューションズ! 本当は兄が会社を継ぐはずだった。でも兄はその権利を放棄したから弟の私が経営しているんだ」
「あの、ですね。一企業のお偉いさんだとは思うんですが。店もご利用いただいてるわけだし。でも…… あ、ほら、例えば社長さんとこでは社員に訪ねて来た男がいきなり『身内だから会わせろ』って言ったら会わせんですか?」
「いや、それとこれとは」
「変わんないですよ。小さいからって、ここだって会社みたいなもんです。例えば客のことなんか他人にベラベラ喋るようなスタッフだったらクビになりますよ。客商売で一番外せないとこです。よくドラマなんかでサツが……お巡りさんがバーなんかに聞き込みしてそこの従業員がぺらぺらと客のこと話すじゃないですか、あれってあり得ない! そんなのやったら一発で客を失いますよ。ここのマスターはそういうの特に厳しいんです。オレは首になるわけにはいかないんですよね、生活かかってんです」
源は時々開かれるミーティングで、この辺りを散々蓮にもあのジェイにでさえも叩きこまれている。
店の信用を守るには、客のことを他の客に言わない。客同士が懇意であること、言っても差し障りのないこと。そこが境界線だ。そして、それが店自体の自衛策でもあるということ。
だからその辺の話をとくとくと語っている。それも『情報の大切さ』が全く分かっていない素人に言うように。
一方、諒は半分イライラして源の話を聞いている。でも我慢だ。機嫌を損ねて会わせてもらえないと困る。
諒にしてみれば今日のような機会はなかなか無いだろう。自分が兄の留守中に『あの男』に会いに来たことはすぐ分かってしまう。だとしたら兄は絶対に警戒する。直談判するのは今日しかない。
「意味は分かった。まず免許証を見せる」
諒は財布から免許証を出した。これで自分が間違いなく『河野諒』という人間であることが分かるだろう。
「確かに。お客さんが『河野諒さん』ってことは分かりました。それでマスターとのご関係は? 悪いけど『河野』って名前はそれほど珍しい名前だとは思えないんですけどね」
「なにか兄の書類に親兄弟のことを書いてあるものがあるだろう。それを見てくれ」
「そういうの書いてあるのって履歴書みたいなもんでしょ。マスターの履歴書なんて無いですよ」
諒は頭を巡らせた。そして我ながらバカなことをしたと思う。
(戸籍謄本があるじゃないか! そのためにここに来たんだから)
内ポケットから封筒を取り出す。中身を広げて見せた。
「戸籍謄本だ。これで分かるだろう」
「なんだ、立派な証明書があるじゃないですか。見てもいいんですか?」
「構わない。確かめてくれ」
(こういう喋り方、大将とそっくりだ)
源は妙なことに感心しながら謄本をじっくり見た。確かに『長男 河野蓮司』となっている。源は丁寧に謄本を折りたたんで諒に返した。
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