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「すみませんね、でも俺にも立場ってもんがあって」
「いや、君はいい社員だと思うよ。私も悪かった。君の言うことは尤もなことだった」
「そう言ってもらえると助かります。じゃマスターに連絡取りますよ。ちょっと待っててください」
「いや! 私が会いたいのは兄じゃない、……ジェロームっていう人だ」
「店長のこと? でもそれならまた別の話になるけど」
諒はまたさっきの謄本を出した。
「ここにあるだろう、ジェロームは兄の養子だ」
「へぇ! ホントだ、あの2人ってそういう関係だったんですか! 知らなかった……」
(しまった!)
まずいことを言った。周囲には分からないように河野家との関係を断つつもりだったのに。
「君、これは内輪の問題なんだ。いわば個人情報だよ。だから他の人間には漏らしたくない」
「あ、そういうことね?」
源は小さい声になった。
「あれでしょ、不倫の子を認知したはいいけど外聞が悪いから身内の養子にするってヤツ! そういう不倫ドラマ見たことあるけどホントにあるんですね!」
「君! 私の父を侮辱する気か!」
「あの、小さい声の方がいいと思うんすけど」
慌てて声を弱めた。
「そういうことじゃない。不倫などあるわけがない」
「でも年齢的に親子は無理だし。やっぱそれしかない。大丈夫、俺口が堅いんでマスターから信用されてますから。だからこうやって店任されてんです。誰にも言いやしませんって」
さすがヤクザ……元そっち系だ。こういう『人には言えない内輪の話』の展開ならいくらでも引っ張れる。どうやら相手はジェイに会えるまでは帰る気が無さそうだ。源はじっくり行くことにした。暖簾を出すのが多少遅れたって構やしない。
「じゃ、サンドイッチにするね。眞喜ちゃんもそれでいい?」
「いいわ。軽い方がいいし」
「あと『J店長によるスペシャルデザート』食べようよ!」
途端に眞喜ちゃんは笑ってしまった。
(自分で言うの?)
「なんで笑うの?」
「いいの、いいの。それよりね、今日のスペシャルデザート、大ウケだったわよ。まさか焼き芋だなんて!」
「ホント? ウケてた? あれね、『紅はるか』っていうサツマイモなんだけど甘みとねっとり感が特徴なんだ! 今特に女性には人気なの。焼き芋にすると糖度は50度になるんだからすごいよね!」
「ジェイはそういうのよく調べてるわね」
「もちろん! 店長だからね」
眞喜ちゃんだけじゃない、スタッフたちにもこの『店長だからね』という言葉はツボだ。でも本人の前では笑えない。だから今、眞喜ちゃんは必死に耐えている。
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