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「汐く、──」  考えるより先に口が動いていた。  その俺を制止するかのように、汐が(てのひら)を俺に向けて突き出して来る。 「『むれぇ』先生」  乾いた声には不似合いな、舌足らずに『聞こえる』リズム。  ああ、そうか。汐は耀くんの記憶も持ってるんだな。  彼が俺を見知っていたことなんて最初から自明だったのに、名を呼ばれて今更のようにそんな風に思う。  そのとき。  初めて汐が笑顔を見せた。満面の、嬉しそうな。  笑えるんじゃないか、可愛いな。なんて考えられたのはほんの一瞬だった。  彼が、それまでとは一転して朗らかな声で紡いだ言葉を聞くまでの。 「ねぇ。耀でも朔でもなくて、おれが『生き残る』可能性だってゼロじゃないよね?」  言うなり汐は、ぱっと身を翻して駆け出した。  立ちすくんだままの俺を置き去りにして、あっという間に姿を消してしまう。  ああ、そうか。  ──もうすぐ、夕陽は地平に、消える。
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