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 俺はもともと家庭教師なんてする気はなかった。  能力が足りないとは思わないし思いたくないが、一対一で生徒の人生を左右しかねない立場はちょっと重かったのが正直なところだ。  殊に耀くんの場合は、中学受験で残念ながら不合格だった志望校に再チャレンジする、ということなのでなおさらだった。  併願で受かった、十分に素晴らしいと思える学校を辞退して公立中学に進んでまでどうしても行きたい高校。荷が重すぎる……。  それがなんで今こんな状況にいるかというと、研究室の教授に頼まれたからだった。  耀くんは、教授の若くして亡くなった友人の息子さんだそうだ。  塾でプロに教わっているので、家庭ではむしろ年の近い相談役にもなれる学生さんがいい、というのが親御さんの意向なんだとか。  俺も一応、世間では一目置かれているらしい名の通った大学の学生だからなぁ。  教授の名誉のために言っておくと、もし俺が断ってもそれで気分を害したり、ましてや不利益な取り扱いをするような人じゃない。  それどころか「じゃあ他に誰かいないかなぁ。牟礼くんいい人知らない?」と屈託なく振って来そうだ。  苦学生ってほどじゃないが、地方から出てきて一人住まいで、間違っても経済的に余裕があるとは言えない。  そんな俺は、小島(こじま)教授には大学関係の割のいいバイトに推薦してもらったり、研究以外の部分でもかなり助けてもらっている。それだけ信頼してくれてるってことなんだろうけど。  いつも飄々(ひょうひょう)とした教授が、深刻とまでは行かないものの困っているのを平然とスルーするには、俺は人間が小さ過ぎたってことだ。
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