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【3】
あのあと。
どうしたらいいかもまるでわからなかったが、ただその場でおろおろしていてもしょうがない。俺は迷った末にとりあえず救急車を呼んだ。
「家庭教師先の中学生の男の子なんですけど。受験勉強疲れなのか、気晴らしに公園を散歩してたら急に倒れて。貧血か何かかも」
切羽詰まった状況にしては、どうにか矛盾のない理由をでっち上げることができた、気がした。その時点では。
無意識にナイフを拾って畳みポケットに入れていたことにも、俺はひとり呆然と座っていた病院の待合室でようやく気づく。結果的には正解、だったんだろうな。
ああ、後で自転車を回収に行かないと。
──考えてみればいい加減で穴だらけな口実で、一つ突っ込まれたらそこからあっさり崩されそうだ。
そういう意味でもナイフを残しておかなくてよかった。微かにでも、耀くんの身体に刃物傷がついていなかったことも。
連絡を受けて駆け付けた彼のお母さんは、何とも言い訳のしようもなく詫びた俺に、憔悴しきった様子で話し出した。
「少し妙だと感じることはあったんです。話し掛けても返事をしなかったり、苛々したような仕草を見せたり。でも耀ももう小さな子どもでもないし、あまりうるさく言っても、と様子を見ているうちにこんな──」
それは耀くんとは違った、んじゃないか。夕焼けの時間やそのあとの夜なら、確実に『耀くん』じゃなかった筈だ。
……でも俺は、何も言えなかった。言っていいのかも判断できなかった。少なくとも今は、お母さんにはそこまで受け止める余裕はないだろう。
俺は自分に都合のいい言い訳をでっち上げて、口を拭ったんだ。
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