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(晃飛さん……!)
ここ零央での生活は晃飛の存在なしには語れない。
屯所の前で出会って以来、無知なお嬢様である珪己をからかいつつも、晃飛は決して珪己を見捨てようとはしなかった。恋に悩んでいたら背中を押し、予期せぬ妊娠が発覚した際には珪己の意志を第一に尊重した。それから子供を産み、仁威と夫婦になり――それ以降も晃飛は実の家族にも引けを取らぬ献身を珪己に示していた。
だから――ずっと一緒にいられると珪己は思っていたのだ。仁威と、子供と。それに晃飛と。あの家でも、あの家でなくても、ずっとずっと一緒にいられると思っていたのだ。たとえともに住めない時があろうとも、繋がりは消えない。義兄妹の絆とはそういうものだと思っていたのだ。
(そういうものだと……思っていたのに……)
「だったら……だったら空也さんか空斗さんに会わせて……」
「二人もすでにこの街から去りました」
「そんな……!」
「二人で氾空斗の地元に向かったそうです」
「そんな……そんな……」
「この街にはもう居場所がないと、そう言っていたそうです」
それが住まいを失ったことだけを意味するものではないことは、珪己にも察しがついた。
「そんな……」
同じ言葉ばかりが口をついて出てくるのは、他に意味のある言葉が出てこないからだ。
今日、侑生がこの室にやってくるまで珪己は虚ろな思いで過ごしていた。だが今は以前とは異なる理由で虚ろになっている。
仁威を失ったという事実を認めたくなくて……実感したくなくて。何も考えたくなくて。目覚めて以来、珪己の頭も心もほとんど動かなくなっていた。それは防衛本能によるものだった。耐えがたい悲しみに溺れてしまわないように、できるかぎり無に近い状態を保ち続けてきたのだ。
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