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猛然とかぶりを振った珪己の肩に侑生の手がそっとのせられた。
「あなたもあなたの子も私が護ります。後宮に入られるようなことには決してしませんから」
ぴたり、と珪己の動きが止まった。
「ど……して?」
うめき声は飲み込む息とともにかき消える。
「どうしてそれを……?」
乱れた髪を色の失せた頬に貼りつけて見上げてくる珪己に、侑生が静かに告げた。
「子を見ればわかる者にはわかります」
その瞬間、珪己の顔に一気に血の色が戻った。
瞬間的な興奮――だがその直後に今まで以上に珪己の顔が蒼白になった。
「他に誰がそのことを知っているんですかっ……?」
極限まで大きく見開かれた目は異様に血走っている。
「他に誰が……っ! 他に誰がそのことをっ……!」
「珪己殿。落ち着いてください」
「落ち着いてなんかいられません……!」
「私だけです。私しかまだ気づいていません」
「……え?」
「私だけです」
沈黙の後、珪己の体が一度大きく震えた。
「あ……」
わななく両手を目の前に持ち上げしばらく見つめていた珪己だったが、ややあって侑生に頼りない視線を向けた。
「本当……ですか?」
これに侑生がしっかりとうなずいてみせた。
「本当です。安心してください」
「あ……ああ……」
珪己の両手が力なくおろされた。
しばらくして、丸まった珪己の背中が小刻みに震え出した。
「う、うう……」
ぽた、ぽた、と涙が落ち、掛布にしみを作っていく。
この州城で目を覚まして以来、珪己が初めて流す涙だった。
(私の……子供……)
(私の……たった一人の子供……)
子供を奪われるかもしれない――その恐怖によって心身を雷鳴のごとく貫かれ。その結果、ずっと見ないようにしてきた現実を珪己はようやく直視できたのだった。
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