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01 Side 葉山-1
憂鬱な気分はずっと付き纏う。
仕事中も、頭の中はモヤモヤしているからミスも増える。
向かいの席の雪橋に心配そうな顔で見られて、また落ち込む。
今まで、恋愛なんて諦めていたから知らなかった。
日常生活を送りながら誰かと付き合うって、こんなに難しいのか。
些細な事で気持ちが浮き沈むから、フラットな状態でいる事がとても難しい。
みんなはどうやって両立しているんだ。
謎だ。
「葉山ー」
頭を抱えながら社員食堂で昼食を取っていると、妙に明るい声を掛けられた。
顔を上げると、見知った爽やかイケメンが日替わり定食のトレーを持って立っていた。
こいつは同期の青戸。
見た目も性格もイケメンな上に仕事も出来る。
女性社員の熱い視線に晒されても変に恰好を付ける事もない、話しやすい気さくな奴だ。
と言っても、つい最近まで同期という事以外の接点は全く無かった。
前述の通り、青戸は仕事の出来るイケメンだ。
地味で、空気に溶け込むタイプのオレとは別世界の人間なのだ。
部署が違うし、飲み会等で顔を合わせる事があっても碌に話もしなかった。
それが、今では見かけると声を掛けるくらいの仲になった。
何があったかというと。
先日、雨の日に白い子猫を保護した。
里親を探して知り合いに声を掛けていたら、どこをどう巡ったか知らないが青戸の耳に入ったらしい。
青戸は、白い猫に異常な食いつきを見せた。
何でも、ずっと白い猫を飼いたいと思っていたらしい。
「ついに届いた!」
オレの隣の席に座るや否や、青戸はスマホを取り出してその画面を見せてきた。
画面には、青戸に引き取られていった白い猫が誇らしげに写っている。
オレが保護した時よりも、ふっくらしていて毛並みもツヤツヤだ。
「大福」と名付けられた彼女は、とても幸せに暮らしているようだ。
「オンラインショップ限定の、みーなの猫・大福の首輪!」
興奮気味にそう言った青戸は、首輪を大きく表示させた画面を更にオレの目前へと突き出した。
殴打されそうな程の勢いに圧されつつ、画面の首輪を見た。
猫の首元には、ピンクの首輪が付けられている。
喉の所には蝶ネクタイのようにリボンがあって、その横には首輪と同じ色の鈴が付いている。
猫を譲った時からずっと聞かされていた代物だ。
ようやく手元に届いたらしい。
「やっぱり良く似合ってるよなぁ。さすがは大福、可愛さが留まる事を知らない」
うっとりとしたようにそう言って、色々なアングルから撮った猫を見せてくれる。
猫は確かに可愛い。
しかし、デレデレの青戸は若干怖い。
実は、青戸はオタクである。
外見の爽やかさからは想像も付かないが、筋金入りのオタクだと自己申告してきた。
現在は、アイドル育成ゲームにド嵌まりして、その中のキャラクター「美衣菜」(通称みーな)に夢中らしい。
白い猫に過剰に反応したのも、みーなが飼っているという設定の猫が白い雌だったからだそうだ。
ちなみに、その猫の名前は「大福」。
青戸の猫も同じ名前である。
と言うより、青戸が同じ名前にしたのである。
名前に関しては、鬱陶しい程に相談を受けた。
第一候補は「みーな」。
第二候補は「美衣菜」。
悩みに悩んで決めたのは、第三候補の「大福」だった。
青戸曰く、「大福という名前を付けると、みーなの猫を飼っているのだと思える。俺とみーなは同じ部屋に住んでいて、大福という猫を飼っているんだ。俺が外出している間にみーなが帰宅し、大福の世話をしてくれている。つまり、この猫に大福という名を付けることにより、俺はみーなと同棲している事になる」らしい。
よく分からないが、可愛がってくれるのなら何でも良い。
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