それから

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それから

 雪橋(ゆきはし)と迎えた三度目の朝は、とても憂鬱な気分で目覚めた。  好きな人と、そういうことになったら、幸せすぎて怖いくらいの気分が待っているのだと思っていたのに。  幸せ、嬉しい、ウキウキ。  そんな天にも昇るような夢と希望に満ち溢れた世界、信じていた訳じゃなかったけれど、こんなにも浸れないとも思っていなかった。  雪橋に抱かれるのは気持ち良い。  好きな人だから。  好きと言ってくれるから。  いつまでも、ずっとこのままで、と願ってしまう。  けど、きっと駄目だ。  雪橋は、オレじゃ駄目だ。  その事に気付いたのは、長い前戯の最中だった。  優しい雪橋は、オレの身体が昂るように触れてくれる。  そんな事はしなくてもいいのに。  雪橋の好きなようにしてくれればいいのに。  そう言っても、雪橋は困ったように笑うだけで、絶対に止めてはくれない。  結局、何も考えられなくなってグズグスになる。 「ゆ、……は、しぃ」  執拗に胸を舐られている事が恥ずかしくなって抗議の声を上げた。  舌や唇で転がされ、吸い付くように弄ばれる。  もう片方は、指先で捏ねられたかと思うと優しく輪郭をなぞるように触れられる。  摘まむように引っ張られた時には妙な声が出て、慌てて手で口を覆った。  もうずっと、そんな事を繰り返されている。  御執心な所、大変申し訳ないが、そこは揉んでも何もならない。  平たい胸板が広がっているだけで、男の性的興奮を促すような造りにはなっていない。  雪橋だって分かっている筈なのに。  それでも拘るのは……。 「もしかして」 「何ですか?」  思わず漏れてしまった心の声に反応して、雪橋が顔を上げた。  恍惚とした表情に呑まれる。 「なんでもな」  誤魔化そうと口を開くと、そこに雪橋の舌が入ってきた。  深いキスの間も、雪橋の手はオレの胸を弄りまわしている。  きっと、今まで雪橋がこういう事をしてきた相手には、あったのだろう。  けど、オレには無い。  その代わりに、余計なものは付いている。  それを見て、雪橋が萎えないだけまだマシなのだろうけど。  正真正銘の男であるオレを抱く雪橋に申し訳なく思ってしまう。  オレの憶測にしか過ぎないが。  きっと、雪橋は巨乳好きだ。  じゃないにしても、おっぱい好き。  間違いない。  だから、無意識に真っ平らなオレの胸を触ってしまうんだ。  そこに気付いた所で、オレにはどうにもならない事だ。  もう男なんか抱きたくない、と思う時がきたら、潔く身を引く事くらいしかしてやれない。  だから、オレでは駄目だと分かっていても、今は雪橋と別れる事はできない。  昨夜の事を思い出しながら、ゆっくりと上体を起こした。  昨日、初めて訪れた雪橋の家。  雪橋は「散らかっていてすみません」と謝っていたが、そんな事はなかった。  本やゲーム機等が部屋の片隅に積まれていて煩雑ではあったけど、それが雪橋らしいと思った。 「葉山(はやま)さん」  既に起きていた雪橋が、心配そうな表情でベッドの横に立っていた。 「体、大丈夫ですか?」 「大丈夫」 「でも辛そうです。もう少し横になっていてください」  ベッドへ促すように、雪橋の手が背中に添えられる。  そんな些細な優しさが沁みて涙が滲む。 「葉山さん!? どこか痛いんですか?」  涙ぐむオレを見た雪橋が、焦ったように肩を抱く。  それでまた溢れた涙が頬を伝った。  ごめん、雪橋。  雪橋が「好き」と言ってくれるから、オレはそれに甘えてしまう。  駄目だと知っているのに、手放せない。  オレはもう、雪橋がいないと生きていないかもしれないから。  自分からは無理だけど、言われたらちゃんとするから。  雪橋に「もうお前なんか抱きたくない」と言われるまでは、傍にいさせて欲しいんだ。
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