Epilogue

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Epilogue

 ミルコの目の痛みが引いてきた…… 目を押さえる両手を開くと、瞼の内側の薄橙色が視界に入る。瞼の内側の皮膚の色が陽の光で透けて見えたのである。 「ねぇアニー? これなに? 黒くないよ!」 しかし、返事はない…… ミルコはどうしたんだろうと思いながら瞼を開いた。自分がこれまで音と匂いで手に入れてきた情報と、今はじめて目で見る情報を照らし合わせていく。 「上でガサガサって揺れてるのが、葉っぱ! そこからキラキラと光って見えるのが太陽の光!」 木漏れ日がミルコの目に入った瞬間、目が激しく痛みだした。先程の痛みとは違い、眩しさからくるものである。光を見ると眩しくて目が痛くなると言う知識しかなかったミルコにとって、この痛みは新鮮で嬉しいことだった。 「アニー! 目が痛いよ!? これが『眩しい』ってことだね?」 しかし、返事はない。目の痛みが引いてきたところでミルコは湖の畔に立ち、湖面を眺め、水を手で掬った。その瞬間に手のひらの傷に水が染み激痛が走る。 「冷たくて痛い! これが水なんだ! これが透き通って綺麗ってことなんだ!」  始めて水を見たミルコの衝撃は手のひらの痛みをも凌駕した。痛いのに変わりはないが、これまでも「痛み」は味わっているために衝撃は少ない。 湖の波紋が消えると同時にミルコの顔が鏡写しとなった。自分の顔を始めて見たミルコは、思わず話しかけてしまった。 「ねぇ! 君? どうして湖の中にいるの?」 ミルコが手を上げると湖面の自分も手を上げる。その手はカタナの手元を握っていたせいでまだ血がダラダラと流れ出ている。 「僕が手を上げると、君も手を上げる、これが僕の顔…… これが鏡ってやつか」 ミルコはじっと手を眺めた。血に塗れたそれの臭いをじっと嗅いでみた。 母が自らの首を切って自殺した時のあの臭いが鼻腔の奥を突き刺しにかかる。 「これが『血』の臭いか」 その瞬間、ミルコは自分が今までカタナで斬り殺してきた者達のことが頭に過った。  こんな浅い傷でも痛いんだ…… 容赦も無しに僕が斬ってきた相手はもっと痛かっただろう…… 目が見えないから切られて苦しむ姿を見ることが出来ないからこそ、思い切りカタナも振ったし、容赦をすることがなかった。 もし、目が見えていたら少しは容赦をしていたのかもしれない…… 自分の身を守るためとは言え、僕はなんて酷いことをしてきたのだろうか。と、ミルコは後悔の念に襲われた。だが、嘆いたところで斬った相手が還ってくるわけでもないし、斬った相手のことを考えると地獄(タルタロス)で罰を受けてるような奴らばかりだろう。 その後悔はすぐに仕方ないと言う気持ちに切り替わった。 湖畔に癒やしの女神の生首が流れ着いた。心臓を砕いているためにもう蘇ることはない。 ミルコはそれを見て、これが癒やしの女神の生首だと言うことをすぐに悟った。 「これが癒やしの女神の顔か…… 他の人の顔見るの始めてだ」 これまで美醜の概念が存在しなかったミルコはその生首が絶世の美人であることを知らない。ただ言えるのは「悪い奴の顔」と、言うことだけである。 ならば、これまでずっと一緒にいてくれた優しきアニーの顔はどのようなものだろうか? ミルコはアニーのことが気になって仕方なかった。何度も何度もアニーの名前を叫ぶが、この湖の周辺にアニーの姿はもうなかった。 「どこ行ったんだよ…… アニー」
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