Prologue

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 湖へと戻った狩人はそこで信じられないものを目撃してしまった。 なんと、一人の女性が水浴びをしているところに遭遇してしまったのだ。 湖の畔にある木の根本には、女性のものと思われる衣類が纏めて置かれていた。木漏れ日の僅かな光でも真珠のように輝く純白の薄手のドレスに、その上には風で飛ばないようにするために、金色(こんじき)に輝く荘厳華麗な装飾のされた槍と、鏡のように磨かれ水鏡(みずかがみ)を思わせる美しい盾が乗せられていた。  女性は一糸纏わぬ姿であった。木漏れ日の僅かな光に照らされた彼女の体は美しいものだった。この世に生まれ落ちたばかりの純粋無垢な乙女の柔肌を思わせ艶かしいその裸に狩人は心が洗われ癒やされるような感情を覚えた。 女性は狩人の視線に気が付き、瞬時に丸く盛り上がった釣鐘状の乳房を隠すのであった。 狩人は慌ててその場を去ろうとした。 「す、すまない! まさかこんな山奥で水浴びをする女がいるとはっ!」 女性は狩人をギロリと睨みつけた。狩人はその女性が怖い顔をしているはずなのだが、その女性のあまりの美しさを前に目が離せなくなってしまった。 女性は叫んだ。 「おのれ! 人間ごときがこの癒やしの女神の裸を見るとは許されざること!」 そう、女性は女神である。それも、全ての癒やし…… 治癒の概念そのものの女神であった。 癒やしの女神は左手で胸を隠し、右手を狩人に翳した。 「女神の裸を見ることは大罪! 処女神であるこの癒やしの女神の裸を人間如きが見たことは許されざる大罪! その罪によりお前はもう二度とものを見ることは出来ない! 呪われよ! 一生を暗黒の中で過ごすがよい!」 狩人の目に癒やしの女神の天罰が具現化されたような雷霆が落ちた。 その一瞬で狩人の目は見えなくなり暗闇へと包まれた。狩人の目から光が奪われたのである。 「ああ! 目が見えない! 何ということだ!」 狩人は辺りを手探りしながら動き回る。目が見えなく、足元が覚束なくなり、その場で激しく転んでしまった。癒やしの女神は生まれたばかりの子鹿がよろめく姿を見るような姿に滑稽さを覚え、ケラケラと馬鹿にしたように嘲笑(わら)うのであった。 「最後に自分の目で見たものがこの癒やしの女神の裸であることを光栄に思うのね! 最後にこの世で一番美しいものが見られただけでも幸運だと思いなさい。では、ごきげんよう」 癒やしの女神は木の根元に置いていた服を着始めた。その間、狩人は手探り状態でその場を彷徨っている。狩人はこのままでは生業としている狩りが出来なくなってしまうと嘆き、癒やしの女神に許しを乞い始めた。 「女神様! 申し訳ありません! どうか目を治して下さいませ!」 癒やしの女神は冷徹な目で狩人を睨みつけた。 「この女神の裸を見るという大罪を犯したのです! 目が見えなくなるぐらいで済んだことを感謝しなさい! 本来なら命を奪ってやりたいところだけど、お前は偶然見てしまったことを鑑みてこれで許してあげるのです!」 殺さずに目を見えなくしたことを感謝しろだと? 女神様と言うのは何という傲慢な存在なのだろうか。狩人はそう心の中で考えたのだが、それを口に出せばそれこそ本当に殺されてしまう。心の奥に仕舞っておいた。
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