Prologue

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狩人はこれまでの人生全てを狩人として過ごしていた。今更他の生業なぞ出来ない、ましてや目が見えない状態では何も出来ない。何より愛する妻の優しい微笑みと、生まれたばかりの息子の成長を見ることが出来ないことを悲しく思い、懇願に入った。 「申し訳ありません! 私は狩人の身! 目が見えなくては何も出来ません! 働くことも出来ません! どうか目を治して下さいませ!」 「ならぬ! 女神の裸を見た罪は己が目で償うがよい!」 「後生でございます! 目が見えなくては妻や息子を食わせていくことも出来ません!」 「知らぬな。目が見えぬなら按摩(マッサージ)の仕事でもすればよいではないか? 癒やしの女神の祝福を受けてのものは捗るぞ。もしくは吟遊詩人にでもなるが良い、目が見えぬからこそ奏でる竪琴の音色は人を癒やすものになるやもしれぬぞ?」 「私に狩人以外の生業は出来ません! 頼みます! 貴女様が望む物は何でも捧げますし、貴女様を称える神殿を作るように王に頼みます! どうかこの目を奪うことはご容赦下さいませ!」 狩人はそう言うが、癒やしの女神は捧げものや神殿に関しては一切困っていない。人間が女神である自分を崇め奉るのは当然だと思っているために、狩人の要求を聞く(はら)なぞ癒やしの女神には一切ない。そのまま狩人の前から去ろうとした。 「お願いです! 何でもしますから! どうか! どうか! この目だけは勘弁下さいまし!」 それを聞いた瞬間、癒やしの女神は心変わりを起こした。裸を見られた怒りは鎮まることはなく許すつもりは皆無。だが、退屈しのぎに「人間」を試してみることにした。 「あらあら、何でもしますなんて言うものじゃないわよ? そうねぇ、この目が見えない罰を誰かに移してあげようかしら」 「え…… それは……」 「あら、今何でもするって言ったじゃないの? だったらこの罰を他の誰かに移してあげるなんて願ったり叶ったりじゃない? お前の罪を他人が償って罰を受ける。いい話じゃない」 「一体誰に……」 「それは言えない。でも、お前にとってはいい話でしょ? 目が見えるようになれば、これまで通りに狩人を続けることを出来るのだからね?」 「本当にこれで、私の罪を許して下さるのですか?」 「何を言っているの? 許さないわよ。罰を他人に受けさせるだけよ。ここでお前がNOと言えばそのまま帰るけど…… どうする?」 狩人は迷った。しかし、このまま目が見えない状態では狩人を続けることが出来ずに愛する妻も子も守ることが出来ない。すまない、見知らぬ誰かよ。 狩人は光を取り戻すために暗黒の道を行く決意を固めたのだった。
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