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5.年末年始
「もう今年もおしまいかぁ」
ユキちゃんは棚を拭いていた手を止めた。
今日は大晦日だ。一班では大掃除をしている。
みんなが使う食堂やプレイルームの大掃除は三日前に全員で行った。
生活部屋のも掃除をしなければならなかったのだけど、ついみんな後回しにしていて、ゆりちゃんに「今日には終わらせなさい」と注意されたのだ。
一班みんな宿題は終わらせていて、掃除さえすれば後は自由だ。
「ねぇ、モトくん達って一時帰宅するの?」
雑巾を動かしたまま、無邪気にアキは言った。
太陽の家では、年末年始や夏休み、親と子が望み児相が許可した場合に一時帰宅が許される。
「しないよ」
モトはそうサラリと流した。そのモトの顔には一瞬翳りが差していたが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべた。
「早く終わらせて遊ぼーぜ」
僕はモトの過去を知らないし、モトも僕の過去を知らない。詮索するのはタブーだった。
話せなくなったのは、児相に保護される少し前だ。
話せないといっても、その頃はまだギリギリ独り言なら言えたけれど会話となるとダメだった。
一度過去を思い出すと、だめだ。児相に保護されるまでの、日々が蘇ってきた。
*
三年生になって、一ヶ月弱。まだ学校にも行っていない。ただ部屋で殴られているか、蹲っている。
「お腹空いた……」
僕は小さく呟いた。空腹で、気持ち悪い。
学校に行かせて貰えず、給食という唯一のライフラインがプツリと途切れた。
ママを見るとビールの缶を持ったまま、いびきを立てて眠っていた。
息を潜めて倒れそうになりながら、フラフラとキッチンへ向かった。
こっそりと水を飲み、塩を舐めて、傷んだパンの少しでも綺麗な所を食べた。それでも頭がぼーっとしてクラクラする。
また隅へ戻って、ぼんやりとカーテンの隙間から外を見ると、恨めしいほどの青空の下、桜が咲いていた。
道行く人は春の陽気に浮かれて幸せそうで、酷く妬ましい。
僕も、あんな風に笑いたいのに。
急に怒鳴り声が上がった。寝ていた、はずなのに。
「あー、イライラするんだよ!」
思わず身体をすくめた。
最近ママは家にいる。少し前まで夜も居なかったのに最近は家で暴れている。
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