51人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
「お前のせいなんだよ、お前が悪いんだ、私は悪くない」
ブツブツと呪文を唱えるよう何か言っている。機嫌の良いママの姿はもうずっとみていない。怖くて、怖くて堪らず目を塞いだ。
「おい、なんか言えよ」
ごめんなさい。そう言おうと思ったが、声が出ない。どうやって声を出すんだっけ……
口を動かしても、声が出てこない。
「黙んなよ!」
頭を掴まれガンっと壁に打ち付けられた。
痛い、という声も悲鳴も出なかった。
視界が真っ暗になる。
もう、力が入らない。
その時、間の抜けたインターホンの音が鳴った。
ママはいつもモニターを見ずにドアを開ける。通販でものを頼む事が多く、良く鳴るのだ。
いつもいつも、その無頓着さが嫌だったけれど、その時初めて感謝した。
「こんにちは、××児童相談所の田中です」
「は?」
「通報があったので、入らせてもらいます」
知らない人の声。
逃げたいけれど、動けない。
「男児一人発見しました。
こんにちは、大丈夫? 聞こえる?」
別の女性の声が僕に問いかける。
小さく頷いた瞬間、意識を手放してしまった。
──ここは、どこ?
真っ白な天井。左腕が痛い。
「お」
知らない女性。その声はさっき聞いた人と似ていた。
思わずパニックになって動こうとしたら、じくっと左の肘の内側が痛んだ。
針が刺さっていて、頭を上げると透明な四角いものがぶら下がっていた。
「気が付いた? お名前言える?」
声が、出ない。
「書けるかな?」
紙とペンを差し出され、小さく名前を書いた。
「祐輔くんか。私は児童相談所って言う施設から来た鈴木です。よろしくね」
名前を呼ばないで欲しい。
名前を呼ばれたら、背筋が冷える。
拳が降ってきて、僕の頭はフラフラになる。
「ゆっくりしててね」
そう言うなり鈴木さんは一旦去っていった。
後日わかったのは、鈴木さん達が来た時僕はかなり衰弱して意識を失っていたらしい。ろくに食事をしていなかったから、極度の栄養失調で、あと一日でも来るのが遅かったら命が危なかったようだ。
あの時の点滴は栄養剤で、一週間ほどの入院を経て僕は児相にしばらく保護されることになったのだった。
*
「祐輔? 大丈夫か?」
モトが心配そうにしている。まただ。ふとしたキッカケから過去に戻ってしまう。
机に置きっぱの筆談ノートを取ってきて『ごめん、大丈夫』と書いた。
「良かった。さ、あと少し掃除がんばろーぜ」
最初のコメントを投稿しよう!