5.年末年始

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「明けましておめでとう。今年もよろしくな」  いつもより遅く八時過ぎに起きて挨拶を交わした。  ノートを使いながらも一班全員と改めて挨拶をする。なんだか、慣れないことで背筋がムズムズする。今まで「おめでとう」とは言えなかったからだろう。  着替えて食堂に行くとご馳走が並んでいた。 「すげー!」  おお、と歓声が沸いた。  スタッフさんが「明けましておめでとう」と振り返る。 「今年はね、近所の長戸屋(ながとや)さんがおせちをお裾分けしてくれたの。長戸屋の今の店長さんは昔一時期、養護施設で暮らしてたんだって」  長戸屋とは商店街にある居酒屋のことだ。学校とは真反対の位置に小さいけれど商店街があるのだ。僕は行ったことがないが、その商店街にお使いをしに行くこともあるらしい。  初めて食べたおせちは美味しかった。 「一個一個、願いがあるらしいよ。前に誰かが言ってた」  一つ一つ、願いがあるんだ……長寿祈願だとか、幸福を祈る意味がたくさん箱に詰まっている。  少し感動しながらゆっくり食べていると、お雑煮というものが出てきた。黒塗りのお碗で、アキは歓声をあげた。 「お餅はよく噛んでたべてね」  ユキちゃんはがっつこうとしているアキを嗜めていた。  透明な汁の中には、鶏肉、小松菜、ナルトに小さいお餅、ゆずの皮などが入っており、班ごとのテーブルにはあんこやきな粉、醤油に海苔といったものがずらりと並んでいる。  モト曰くお餅は取り出して好きな調味料をかけるようだ。  アキはのり醤油を、ユキちゃんはあんこを掛けていて僕はモトに勧められたきな粉をまぶした。  表面は出汁によりしなしなになっているお餅にきな粉は驚くほど絡み、初めてたべたお餅は美味しかった。   「もっと食べたいな」  モトが空になった器を眺めてため息をついた。  通りかかった職員さんが少し笑った。 「お昼から餅つきするから我慢しときな」 「うん」  モトは残念そうに頷いて、食器を片しに行った。  黙々と食べていると、「アキ、手」とユキちゃんが声をかけた。  アキは慌てて指を口元から離す。つい爪をかじってしまう、そんな癖がアキにはあった。  少し前に保健室でユキちゃんは『寂しいんだと思う』と教えてくれた。  ユキちゃんが太陽の家に来たのは約二年前。ちょうど今の僕と同じ年だ。  当時幼稚園生だったアキは太陽の家の姉妹校のような乳児院『ぐんぐんハウス』に住むことになり姉妹なのに別々の場で暮らしていた。  二年の時を経て今年、ようやく二人ともに暮らせるようになったが、幼い頃から親元を離れ、姉とも暮らせず未だ不安や寂しさが付きまとっているようだ。  ユキちゃん曰く、夏頃までおねしょが治らずこれでも落ち着いて来たそうだ。  一見天真爛漫なアキも、心に闇を抱えている。
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