51人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
まだママと暮らしていたころ、あの大地震が起こった。
3.11……僕は年中だった。幸いにも震源地とは遠い所だったが、僕以外のクラスメイトの親はすぐに迎えに来て帰って行った。
けれど僕にはママは来なかった。避難した園庭の隅で、木の枝で落書きをしているうちに、涙がじわじわと溢れてきた。
──あの頃はまだ期待していたから。
結局、十八時になっても案の定ママは来なかった。普段はあまり保育園に行かないのに、運悪くその日だけは保育園に行っていたのだ。
特例だろうが僕は先生に家まで送ってもらった。
エプロンを脱いだ先生はいつもと違っていて、不安でしかたなかった。
『あの××保育園の山田です、祐輔くんのお迎えにいらっしゃらなかったので……』
先生がインターホン越しに声をかけるが応答がない。
俯いて石を蹴っていると、しばらくしてママの声がした。
『すみませんね、仕事で忙しくて帰れなくて。今帰ってきたところで迎えに行こうとしてたんです』
ママは苛立った声でそう言った。
『そうですか……』
『文句でも?』
ママはフンっと鼻で笑った。冷たくて心を凍らせる笑い方だ。
『いえ、それでは……』
先生がいなくなってから家に入ると、ママは苛立ったように僕を押し入れに押し込んだ。
『っつたく。お前なんていらねーよ。失敗作め』
ママはそう言い捨て去っていった。
そんなママの息は相変わらずお酒の匂いがしたんだ……
*
最初のコメントを投稿しよう!