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1.陰
ごめんなさい……ママ。
僕が悪いんだ。僕が悪い子だから──
拳が振り落とされる──
*
ギュッとランドセルのベルトを握りしめた。鈴がチリンと鳴った。
目の前には施設のスタッフである女性がいる。
「今日からここで生活するんだよ。よろしくね」
振り返り、女の人はニッコリと笑った。僕は無言で頷いて、遠慮がちに掲げてある看板をそっと見た。
『太陽の家』
木製のそれは少しはげかかっている。高い塀から覗く建物は学校みたいだ。
黒い門を重そうに開けた女性が「おいで」と手招きした。
僕は地面に置いていた鞄を持ち上げた。大きな旅行鞄の中はあまり物が入っていない。
門を通ると、学校のように校庭が広がっていた。サッカーボールとバスケットボールが転がっていてそれぞれのゴールも置かれている。それぞれ両側に建物があり、大きいのと小さいもの二つだ。
「ここは“園庭”って呼んでるの。向かって右が祐輔くんの住む“若葉棟”。中学生以下の子が暮らしてます」
祐輔、と名前が呼ばれたときビクンと肩が震えた。
大抵、祐輔と呼ばれた後は拳が降ってくる。
「──それで左側が高校生の住む“向日葵棟”。若葉棟は基本的に四人部屋です」
自分の部屋の隅で蹲っていた。自分の存在をあの人に気づかれない様にしないと、いけない。バレたら、蹴られる。
「ここにいる子はみんな優しいよ。ちょっとずつ慣れていこうね」
優しい人なんていない。僅か九年の人生でそう実感している。ワンテンポ遅れて『いない』という言葉がバラバラに僕の胸で冷たく響いた。
「じゃ、建物入ろうか」
彼女に連れられ向かう。玄関は学校の昇降口みたいで、小学校にあるような大きな靴箱が並んでいた。靴箱には僅かな隙間さえ惜しむかのように靴が押し込まれている。
「祐輔くん、そこに靴入れてくれる?」
ひとつだけ空っぽの箱があった。ポコンと乳歯が抜けたみたいだ。僕は小さくてボロボロの靴を押し込んだ。
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