75人が本棚に入れています
本棚に追加
閉店作業がすべて終わり、あとは帰るだけとなった。
陽花くんとは、XX駅でお別れだ。そう考えると、なんだか心にぽっかり穴が空いたみたいだ。俺はいつも通り、勤怠を切るためにPCの画面を開く。
「退勤……送信っと! お疲れ陽花くん! 帰る準備出来たら声掛けてくれるかな」
「あ、はい! あの……準備出来ました」
真っ直ぐ見つめてくる陽花くんの眼は、強く気高く、そして綺麗だ。その吸い込まれるような瞳は、こちらの意思では逸らすことができないと思わせるほど。……今酒入ってないよね? 何考えてんの? 俺。……というか今なんて言った? この子、もう準備出来てるって……。
「早いね?! ごめん、ちょっと待ってて」
てっきりまだまだ時間がかかると思ってのんびりしていたので、着替えも終えていない。急いで着替え始める。
そういえば陽花くんは仕事中と同じ、白いカッターシャツのままだ。いくら最近暖かくなってきたとはいえ、4月上旬なのでまだ随分と冷える。そんな薄着で寒くないのだろうか。
沈黙の中、1人でゴソゴソ着替えるのも気まずいから、何か話そう。
「陽花くん、服そのまま帰るの? 寒くない?」
「あ、この下ヒートテック2枚着てるので大丈夫です」
「ん? 2枚? ……えーと、そっか! 荷物持ってないけど、いつも手ぶらなの?」
「はい。あ、でもスマホはケツポケットに入れてます」
ほら! とスマホを出して見せた。本当に可愛らしい子だな。
「なるほどね」
笑おうとしなくてもなぜか勝手に笑顔になってしまう。そうか、陽花くんといると、俺、楽しいのか……。
「よし、ごめんお待たせ! じゃあ帰ろっか」
外に出ると、店の鍵を閉める。いつもなら、ここで村田さんに挨拶してお互い別方向に歩いて行く。でも今日は何もかもが違う。
「うわ……結構降りますね」
陽花くんから話しかけてくれた……? いや、人は話すことが無くなると天気の話をするらしいし……、あまり期待しないでおこう。
「そうだね、この雨の中歩くの嫌になるよね~。……じゃ行こっか。お隣どうぞ」
いつどこで買ったのか分からない、1人用のビニール傘を開く。
「すみません、お邪魔します」
そう言うと、陽花くんはペコリとお辞儀した。
最初のコメントを投稿しよう!