表情

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 靴の中まで水が染み込み、服や髪の毛から水滴が滴るほどずぶ濡れになったが、ようやく自分のマンションに辿り着くことができた。 「……あ、あの、ここって?」  陽花くんが不思議そうに聞いてくる。それは驚きもするだろう。送ってもらうはずだった駅を通過して、なぜか知らない今日初めて会ったやつの家に入れられようとしているのだから。 「勝手にごめんね、そんなずぶ濡れだと電車の中で辛いだろうと思って」  オートロックキーを開け、2人でエレベーターを待つ。 「すみません……」  陽花くんは何も悪くないのに、何故謝るのだろう。でも、とりあえず俺について来てくれて良かった。陽花くんのことだから、途中でずぶ濡れのままでも、『このまま帰ります、じゃ失礼します』……なんて言われてしまうかもしれないと思った。  エレベーターが開き、2人で乗り込む。前に乗った人も俺たちと同じ目に遭ったのか、床に水たまりができていた。 「ここ濡れてるからすべらないようにね」 「……あ、はい」  8階へと動き出したエレベーターの中は、驚くほどの静寂が響く。隣にいる陽花くんの様子を伺うと、やはり気まずそうな顔をして下を向いていた。髪の毛は水に濡れて艶が増しており、斜めに流していた前髪が、今はいくつかの細い束に分かれていた。  ピンポーン――……  8階に着き、俺は歩き出す……が、どうしてか陽花くんはエレベーターから出るのを躊躇っている様子だった。 「どうしたの、おいで」  コクンと小さく頷いたのを確認して、俺は自分の部屋の玄関先へ向かって歩く。すると、少し後から小さな足音がついてきた。どうやら俺から一定の距離を保っているらしい。  警戒されちゃってるかな――……。  このマンションは右端にエレベーターがあるのだが、俺の部屋はエレベーターから1番遠い部屋、すなわち左端に位置しているので、降りてから結構歩かなければならない。この間に俺から話しかけて、陽花くんに少しでも安心してもらいたいのだが、何を話せばいいのか分からない。  あれこれ考えている内に、玄関先に着いていた。ぐっしょり濡れた鞄から鍵を取り出して、慣れた手つきで開ける。  ガチャッ――……  俺は扉を開け、片手を差し出し中に入っていいよ、と合図する。 「お邪魔します……!」  勢いの良いお辞儀だ。そんなにかしこまらなくたっていいのに。 「ふっ……、どうぞ」  俺は思わず笑みがこぼれた。
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