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扉の鍵を閉め、玄関の電気をつけた。
「ごめんね、結局びしょびしょにさせちゃった……」
陽花くんは少し震えていた。唇の血色も良くないように見える。
「すみません、でも俺大丈夫です」
陽花くんは俺の目を見て言った。
俺は陽花くんを拭いてあげようと、靴を脱ぎ部屋の奥へ進む。しかし、陽花くんは靴を履いたまま、上がって来る様子がない。
「陽花くん? 上がっていいよ」
「え……、でも俺濡れて……」
「いいから。早く」
濡れてて風邪引くから家に上がってもらいたいんだってば……、俺は陽花くんの言葉を遮るように言った。
「失礼します……」
そういうと、静かに靴を脱いだ。今ので陽花くんはさらに萎縮してしまったようだ。またやってしまった……。今まで上辺だけで、まともに人付き合いしてこなかったことが悔やまれる。どうするのが正解なのかさっぱり分からない。
俺はモノクロのチェストからタオルを引っ張り出し、それを俯く陽花くんの頭に被せ、弱い力で優しく慎重に拭いてあげた。
「あ……、すみません」
「いいのいいの、気にしないでよ」
タオル越しに陽花くんの両頬を覆う。軽く触れただけでも壊れてしまいそうだ。
「寒いよね? ごめんね……。風呂張るし、入っていきなよ、陽花くん、風邪引く」
「え、あ……、でも……」
何やらまたグルグルと考え込んでいるらしい。
「陽花くん、自分が震えてるの気付いてる? くちの血色も良くないし、心配なんだよ。……ほら手なんてすごい震えちゃってる」
そう言ってさりげなく指に触れると、陽花くんの手は氷のように冷たくなっていた。そのことに俺は胸が痛くなる。
自分より少しだけ小さく、雨で冷え切った手を俺は両手で包み込んだ。俺の体温なんかじゃ陽花くんを温めてあげることなんてできないだろうけど……。
「日雅さん、ぬくいですね……」
「そう?」
陽花くんが心地よさそうに見えて、それだけで嬉しくなる。しかしこのままでは本当に風邪を引いてしまうかもしれない。
「陽花くん、風呂入ってくよね? 嫌だったら無理強いはしないけど」
本気で嫌がっているのにここで強引にいって、陽花くんに心から嫌われたくはない。だからもし無理だったら――。
「あの……、ほんっとうにすみません、お風呂お借りします……」
良かった……ということは今はメチャメチャに嫌われているというわけではなさそうだ。
「うん、いいよ。服とかタオルとか置いとくから使ってね」
「すみません、ありがとうございます。……あ、でも日雅さん、先に……」
俺の心配をしてくれているのか? ……いや、勘違いだろう。
「俺は陽花くんのあとに……あ」
そうだ、いいこと思いついた……。陽花くんは不思議そうな顔をして俺の次の言葉を待っている。
「あっははは! 一緒に入っちゃうか?」
「え……? ははは……」
笑って見せているが、その笑顔はものすごく引き攣っていた。
「冗談だってば、傷付くなぁ……」
そうあからさまに嫌そうな顔しないでよ……、だがこれもまた初めて見る表情だ。
そろそろ風呂が沸く頃だろう。それにしても随分と陽花くんを待たせてしまった。
「陽花くん、そろそろ風呂沸くから準備しといてね」
「あ、ありがとうございます!」
陽花くんの深いお辞儀を見るのは今日何回目だろう。
「あ、俺入るついでにお湯止めてきます」
「そう? ありがとう」
陽花くんなりに気を遣っているのだろう。いつになったら俺にも心開いてくれるかな……、あ……、連絡先…………まぁいいや、後で聞いておこう。
「お湯お借りします、じゃあ……行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
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