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「電話の人、誰だったの?」
「……あ、母です」
……やってしまったかもしれない。
俺と違って陽花くんには親がいる。帰る場所があって、陽花くんの帰りを待つ人がいるのだ。
「ごめんね……俺、引き留めちゃって」
世間知らずな自分が恥ずかしい。すると、陽花くんは首を思い切り横に振った。
「いや!! 日雅さんは全然……、はぁ~、楽しすぎて連絡するの完全に忘れてた……」
陽花くんの家はここから遠いはずだ。今すぐに帰宅できないことが気の毒なはずなのに、今陽花くんの言った楽しすぎて――という言葉が嬉しくて仕方がない。
「陽花くん、これからどうするの?」
「そうすね……、始発の時間までとりあえず歩ける分歩いて……」
嘘でしょ何馬鹿なこと言ってんの、この子。
もっと頼ってよ、俺のこと――。
「んなこと言って、家までは歩ける距離なわけ?」
「……ぇ、えっと、車で30分かかるので、多分無理かと……」
陽花くんからしたら俺は少しも頼れない存在なのだろうと思うと悔しくて、少し棘のあるようなキツい言い方をしてしまったせいか、陽花くんはゴニョゴニョと口籠ってしまった。
車で30分――。XX駅から向こうは人口が減り、全体的にかなり緑が多くなる印象だ。中学・高校とバスケ部だったので、練習試合のためにあちら側へ何度か行ったことがある。
人・車の通りが少ないあの田舎道を車で30分かかるのなら、徒歩だと大体半日歩き続けなければならない距離だ。それでも今ここを出ようとしてるってことは、俺といるよりは暗くて肌寒い屋外の方がまだマシってことか――。
胸がチクチク締め付けられて苦しい。……なんなんだこれ、……俺体調良くないのかな。
「泊ってく?」
気付けばふと思っていたことが口から漏れてしまっていた。急にこんなことを言われて、困ってるだろうなぁ。
「え……あの、本当にいいんですか?」
想像とは裏腹に、陽花くんの顔色はぱっと明るくなった。同時に俺の心の中がじわじわと熱くなっていく。
「うん、いいよ。でも今度はお母さんに連絡しとかないとね」
「はい……あー、今電話で直接喋るのは怖いし、LIENにしとこ……」
陽花くんはそういうと、手に持っているスマホに視線を移した。
別に何ともないことでも、陽花くんがすると絵になるのは何故だろう。今だって、連絡を取るためにただスマホの液晶画面をフリックしているだけなのに。
※LIEN…無料でチャット・通話などができるアプリ。
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