表情

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 洗面台の前に棒立ちで歯を磨く俺の隣で、陽花くんはシャコシャコと音を立て、眠たそうに同じく歯を磨いている。歯を磨き顔を洗う……いつものモーニングルーティンのはずなのに、すぐ傍に陽花くんがいるだけでこうも充実して感じるのか。 「陽花くん、朝ご飯どうする? 俺テキトーに作っちゃうけど」  俺は口をゆすいだ後、歯を磨きながら眠ってしまいそうな陽花くんに声を掛けた。流石に立ったままは眠れないようで、俺の声掛けに瞬時に反応してくれた。 「あ、俺いっつも朝は食べてないんです」  そっか、朝は食べないのか…………あれ? 「そういえば陽花くん、昨日の夜食べてないよね? ごめん、俺バイトある日は作るの面倒で夜食べなくって、ついその感覚で……」 「あ、大丈夫ですよ? 俺もバイト入ってる日の夜は、あれば食う……くらいの感じなので」  そうは言っても、長い間何も食べていないのに、しんどくはならないのだろうか? ……そういやこの子、よく考えたら昨日のバイトの時から水分も一切取ってないよね? 手ぶらだったし……うん、絶対そう。誰からも放って置かれたら、何も飲み食いせず餓死してしまうんじゃないかと思ってしまう。いくら本人が平気でも、見ているこっちは心配でしかない。ここは、無理矢理にでも何か食べさせよう。 「いや、簡単なもん作るし食べて行ってよ」  料理が得意なわけではないので味と見た目の保証は出来ないが。 「昨日から何も飲み食いしてないでしょ。それだからそんなに……」  そんなに細いんじゃない? と言葉を続けようと思ったが、それは余計なお世話というものだろう。 「あ、俺お前は全然水分取らんよな~って、周りからよく言われるんです。半日以上何も飲まないことなんてざらですよ?」  この子は、当たり前な顔をしてとんでもないことを言う……。 「お願いだからちゃんと水分取って。できればこまめに。……あとちゃんと食べて」  お節介、余計な手出しだと思われるかもなんて、そんなのもうどうだっていいや。 「……日雅さん、うちの母さんより断然母親みたいっす……」 「からかわないでよ、こっちは本気で心配してんだから」  俺がそう言うと、陽花くんは能天気に笑いながらすみませんと言った。  トースターで食パンを焼いている間に、目玉焼きとウインナーを焼き上げ、ちょっとしたサラダと一緒に皿に盛りつける。 「陽花くーん、コーヒー作るけど飲むー?」  ベッドにもたれ掛かるように座りながら、スマホ画面とにらめっこしている陽花くんに声を掛けた。 「あ、はい! ……あ、でも俺……」  どうしたんだろう……実はコーヒー苦手なのだろうか。 「んーと、砂糖とミルク無いと……」  ははーんなるほど、それらが無いと飲めないわけね。 「っははは! 大丈夫、どっちもあるよ」  普段、コーヒーにはミルクのみを入れているのだが、俺も今日はどっちも入れておこう。
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