表情

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 店長は30分しない内に、と言っていたが、なにせ急な呼び出しだ。もう少し遅く着いてもなんらおかしくないだろう。新しい商品を、既に陳列されている商品の後ろに置く。地面に1番近い段の品出し作業は、腰が痛くなるので長い間そうしていたくはない。なるべく早めに片付けてしまおう……。 「あ……、あの~……」  申し訳なさそうな、遠慮した声。探している商品がなかなか見つからないのだろう。作業している店員に聞くのは仕事の邪魔じゃ……? と声から伝わってくる。何を探しているのか俺から聞いてあげた方が、このお客さんも安心だろう。 「はい! 何かお探しですか?」  振り返るとそこには、両耳にいくつもピアスを開けた、お世辞にも目つきの良いとはいえない男性が立っていた。歳はおそらく25前後……、どこか大人びた顔をしていて、襟足は赤……紫ともいえる気がするインナーカラー、身長は平均より少し高いくらいだろうか、ぱっと見体格も良さそうに見えるが、まくられた袖口から覗いている腕を見る限りでは、そうでもないらしい。 「あ、えっと、お疲れ様です」  店員相手に礼儀正しい人だ。 「あの、……宮内陽花(みやうちはるか)っていいます。よろしくお願いします」  そう言うと、宮内陽花と名乗った男は深々とお辞儀をした。  人見知りで内気な雰囲気を纏っているはずなのに、彼の瞳はしっかりと俺の双眼を捉えている。目を逸らすことが不可能なくらい。 「……?」  なんで自己紹介してくるんだ、と一瞬不思議に思ったが、店長から聞いたもう1人のバイトの子がこの人なんだと確信する。 「あぁ、そっか!」  こちらも自己紹介するために立ち上がる。最近運動不足なのか、腰だけでなく膝も痛い。 「初めまして、九条日雅(くじょうひゅうが)っていいます。よろしくね」  さっき上から見つめられていた時は、25歳前後だろうと思ったが、目線が変わるとまた印象が変わるものだ。彼もそんなに小さくない……、というかどちらかと言えば身長は高い方なんだろうと思う。しかし、俺の目線が丁度、宮内陽花の頭のトップくらいの高さだったため、近くにいるとどうしても小さく見えてしまう。俺はこれから大学3年になろうってのに、まだ身長が伸びているのか。それに、この子の目つきが悪いのは多分、俺と同じ三白眼のせいだろう。なんだか親近感が沸く。  するとバックヤードから店長が興味深そうに覗いていた。何か面白いことでもあったのか、満面の笑みを浮かべて。 「あれぇ? やっぱり初めましてだった~? 2人とも、ここ来てから結構経つのにねぇ」 「あれ、そうなんですか?」  全然会わないものだから、てっきり最近入った子だと思っていた。俺と店長が話していると、宮内陽花は何かをグルグルと考えている様子だった。……何をそんなに考え込むことがあるのだろう。 「ふふ……」  気づいたら、俺は隠すこともなく笑っていた。宮内陽花は何故笑われているのか分からないといった表情をしている。それにまた笑いが込み上げてくる。  いつもなら人と関わるのは面倒で、多少面白くても、腹が立っても見ないフリ、聞こえないフリをするのだが……。 「いや、陽花くん相当人見知りなんだね」  宮内くんだとちょっと距離を感じてしまうので、名前で呼ぶことにした。思っていることが全て顔に出てしまう子なのだろう。分かりやすくて、なんか可愛い――。 「えっ、……いや、俺は人見知りじゃないですよ」 「え? 嘘でしょ?! 僕に仕事以外の話してくれるようになったの、いつだと思ってるの!」  店長も思わずといった様子で話に割り込んでくる。この話を聞く限り、言い方は悪いが陽花くんは店長には懐いているらしい。シフトは店長と一緒の日ということだろう。店長が店番なのは確か土曜日だけだったはずだ。陽花くんもそうだとすると、……どおりで全く会わないはずだ。俺は土曜日は大学のこともバイトのことも、何も考えない日にしたくて、シフト交代などしたことが無いのだから。 「人見知りってほどじゃ……、初めて会う人とか、あんま喋ったことの無い人の事をちょっと怖って思っちゃうだけで、全然喋れないなんて事はないので」  言い終わりに、一応……、とボソッと聞こえた。  それを人見知りっていうんじゃ……、でもまぁ本人が言うのだからそうなのだろう。だが、だとしたら今日初めて会った俺の事も怖いということになるのでは……? それはなんというか、少し腑に落ちない。 「じゃあ陽花くん! 俺は? 俺はどう? 怖くないでしょ!」  俺史上最高の笑顔を披露して見せたが、相手は陽花くんだ。 「ははい、全然!!」  どうやったらそこで噛むの? とツッコミたくなるような変なところで噛みながら、必死の形相で陽花くんは言った。はいはい、やっぱり怖がられているんですねー……。しゅんと落ち込んでいる己に少々驚いたが、店長と同じように、自分もこの子に懐かれたいのだとその時に気付いた。    あれから陽花くんは、バックヤードに行ったきり、こちらに戻って来ない。おそらくあっちで作業をしているのだろう。  1人の時でも表情豊かなのだろうか……。さっき会ったばかりの少年に、振り回されている気がしてならない。多分俺の思い違いだけれど……。  陽花くんは見ていて面白い。一瞬の中でたくさんの表情を見せるのだ。もし、陽花くんが俺の弟だったら――……、俺に見せられる世界は、もっと色鮮やかだったのだろうか。……仕事中に何を考えているんだ、俺は。  店長がバックヤードから駆け足で出てくる。 「日雅くん、あとはよろしくね! さっき言った仕事2人ならすぐだろうから」 「はい、お疲れ様です」 「うん、お疲れ」  俺が笑うと店長も笑い、足早に店を後にした。
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