表情

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 店長が店を出るのをこっそり見送ってから、店内を見渡す。 「あれ? お客さん全然いない」  ふと窓を見ると、いきなり叩きつけるような雨が降ってきた。天気予報はやはり当たっていたようだ。プロってすごいな。  今のうちに、店長から2人にと頼まれていた仕事を一足先に取り掛かかってしまおうと、大きめの段ボールに手を伸ばす。中を見てみると、バックヤードにストックするための商品に貼る値段シールと、その商品だけだった。この量なら、30分もあれば、難無く1人で片付けてしまいそうだ。2人にと与えられた仕事を、俺だけで進めていいものかとも思ったが、この雨で客は1人もおらず、暇を持て余している状態だ。それに、あえて陽花くんの暇な時間を作り、もっと陽花くんと話してみたい……、そう思ったのだ。  店長に与えられた仕事が思ったよりも早く終わってしまった。我ながらすごい集中力だったなと少々呆れる。陽花くんと話してみたいなんて聞こえは良いが、結局のところそれは仕事をサボるのとなんら変わりはない。……とはいえ、今日俺がやらなければならないノルマは全て終わってしまった。 「ジレンマ……」  誰もいない、激しい雨の音と店内BGMが喧嘩している中で、俺は1人呟く。引き換え、バックヤードにいるはずの陽花くんは、寝ているのでは? と疑うくらいに静かだ。あと10分……、あと10分だけ待ったらバックヤードに顔を出そう。  そう思った途端、時計の長針は錘でもつけられたかのようだ。もちろんそんなはず無いのだけれど……、とにかく時間が進まない。    長かった10分があと1分で終わる。何をそんなに待ち焦がれることがあるんだ? と冷静な自分が問うてくるが、そんなものは胸の外に追い出す。 「行こう――」  思い切り走り出したい衝動に駆られるが、流石にそれはやめておく。1歩1歩、陽花くんがいるであろうその場所を目指して歩く。なぜかドッドッ――と心臓の音が鳴り響いていた。念のため、もう一度来客用の自動ドアの方を確認する。店の中も外も、人の気配は一切無い。俺は目を瞑り、大きく深呼吸してから、『関係者以外立ち入り禁止』とラミネートされた紙の貼られたカーテンに手を掛ける。今までに何度も往復する度、もう数えきれないほど触ってきたが、こんなにも厚く、丈夫に作られていたのかと驚くと同時に、グワッと緊張感が押し寄せて来た。その緊張を振り払うかのように、俺は思い切りカーテンを開けた。
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